第42話 検討がつく
窓の無い薄暗い閉鎖的な道、一定間隔で配置された照明は時折点滅し、今にも消えそうだ。その中を音も無く歩く何者かは、しばらくして道の途中にあった別の何かに入り込む。その中には席がズラッと並び、数十人は入れる大きさの空間が広がる。その中で目立つのは、唯一光る青白いモニターだ。その前に立ち止まった何者かは、その黒衣を身に纏ったまま、画面に向かって中性的な声で話しかける。
「いやー、【火遁】を使っても僕らを全員連れて帰ってくるのは大変でしたよ」
「それはご苦労様だね」
画面の中の人物は感情の篭らない声でそう告げるが、画面の前の人物は気にすることなく話し続ける。
「だいたい、あの稲妻女子は聞いてましたけど、次元とかいう青年は何者なんです?」
「次元理巧は人工量子脳の所有者として説明しただろう」
「そうじゃなくて、杖使わずに魔法使うことについてですよ」
「それを測るために君達を送ったんだ。それに、杖に頼らず魔法を使うのは君も同じだろう」
「……これって魔法なんです?」
「まぁいい。それにしても、いつまで部下と同じ格好をしているんだ?」
「え、何か問題あります? ボスも言ってたじゃないですか、平等っていいことですよ?」
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「次元くん、大丈夫そう?」
百華は、やや俯いた理巧の顔を心配そうに覗き込んだ。
「はい、大分落ち着いて来ました。それより、みんなも調子悪そうだったけど」
理巧は顔を上げ、百華たち3人の方へ向ける。
「俺はもう平気」
「私も一瞬だけでした」
「私も全然平気だよ」
それは良かったと、理巧は忍びが消える前の感覚を思い出す。あれは魔法酔いなんかじゃない。むしろ、
「あれは魔法そのものだったな」
理巧に代わってそう発したのは、人工量子脳を足で掴んだまま空を飛ぶファイだ。
「ファイが見ててもそうだったんだ」
「それってどういうこと?」
ファイが情報波を観測して魔法の流れを読めことはみんな知っているが、ピンと来ない百華が疑問を投げかける。
「理巧達の調子を狂わせたのは魔法の副次的な効果じゃなくて、そういう目的の魔法だ。いわゆる精神に干渉する魔法だな」
精神干渉と聞いて燐がぴくっと反応する。
「精神干渉……魔対法の第四十条で禁止されてはいますけど、そもそも実現可能なのでしょうか」
乱用の禁止される大規模環境改変魔法と異なり、精神干渉魔法は使用そのものが全面的に禁止されている。とはいえこの法律の作られた当時はおろか、それから30年経った今もなお、他人の精神に干渉するという魔法は存在しない。だが、
「実現可能か不可能かでいうと可能だな」
そう答えたのは、高身長に灰色の髪の青年、那由多だ。
「雨宮!」
「おう。忍びは……逃げられたのか」
那由多は驚く百華に軽く返事をしつつ、周囲を観察して状況を素早く把握した。
「にしてもだいぶ乱れてるな。ちょっと冷えるぞ。【念凍】」
那由多は杖を取り出すと氷属性の魔法を利用し、魔法の乱発によって乱れた空間を整える。
「思いなしか、調子が良くなる気がしますね」
「こんな場所にいたらそれこそ魔法酔いになるぞ」
魔法の作用もあってか理巧の気分も落ち着いたようだ。
「それで、実現可能っていうのは?」
那由多が魔法を使い終わったところで、燐が改めて那由多に問う。
「あぁ、熵量器官は知っているだろう」
那由多の問いかけに燐が頷く。熵量器官とは、魔法独特の違和感――妖覚を感じ取るための感覚器官だ。以前、コックリさんの正体に理巧と燐が気が付く要因にもなった。
「確か、ドイツの研究で被験者の熵量器官に特定の情報波を照射することで、違和感以外の感覚を呼び起こすことに成功したって事例がある。この間次元が言ってたスレプル症候群と違って、あくまで感覚の追加であって、感情の伝播は起こらないけどな」
「なるほど。強いストレスを与えられれば、相手の調子を狂わせることはできるかもしれないですね」
「まぁ無理やり感覚を押し付けられただけでも調子が悪くなりそうだけどな」
燐の意見に陽斗が付け足す。
「まぁ最後に百華をくらっとさせたのは魔法の副作用っぽいけどな」
「ん、そうなのか?」
雨宮がファイの言葉に驚いて百華の方を見る。
「え、なになに」
「いや、八代がよろめくことってあるんだな」
「そりゃ私もか弱いおとm「それで、くらっとさせた魔法ってのはなんなんだ?」
百華の返答を最後まで聞かずに那由多が言葉を被せるので、百華はふくれっ面だ。
「まぁこの状況を見るに、検討はつくがな」
そう話す那由多にファイが答える。
「とてつもない量の情報の移動、あの魔法は忍びの逃走だな」
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10分もかからず、サイレンと共に現場に警察が到着し中庭に規制線を張っていく。正直もうちょっと早く来て欲しかったというのが本音だが、警察が来ただけで対処できたかというと、そんなことはなさそうだ。
もちろん駆けつけたのは警察だけでなく
「やあ、まさか昨日の今日で会うとは思わなかったよ」
理巧達に話しかけたのは茶髪の魔対官、田口だ。
「いや、なんというか、はい、すみません」
なんと言えばいいのか分からず、理巧は思わず謝罪する。百華もなんともいえない表情だ。
「いや、君が謝る必要はないよ。まぁ不運だったね。怪我はないんだろ?」
「はい、なんとか。多分明日は筋肉痛ですけど」
「ふふ、後でストレッチしてあげよっか?」
理巧の返答に百華が笑って反応するが
「いえ、大丈夫です。多分悪化します」
と、理巧はすぐに答えた。今からやったら、明日の朝に身体を起こせなくなりそうだ。
「日頃から運動しないとね。今日のところは疲れてるだろうし、ひとまず話は君達の顧問から聞いておくから、早く帰って休みなね」
みんなが「はい」と返事をする中、「ぐー」とお腹の音が響く。誰であろう。
「まぁ、これも検討がつくな」
那由多の言葉に合わせるように、一同が音源に顔を向ける。
視線の中心には自分のお腹を見ながら、顔を赤らめる百華の姿があった。
「お腹、空いちゃった……」




