第41話 連携
「なぁ雨宮くん、これ何だと思う?」
移動中、錫木が廊下で見つけた紙の断片を那由多が拾い上げる。
「――これって!」
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【収質】による一瞬の暗転は、閃光を避けるには十分な長さだった。視界が戻った理巧はファイと共に、百華達と合流する。
目眩ましに失敗した忍びたちは、新たな動きこそ無いものの、逃げる気配は全く無い。
目を焼かれていたら危うかったかもしれないが、現状理巧は忍びに負ける気は全くしていない。かと言って、勝てるかと言われるとそれも難しい。
「”みねうち”みたいな魔法があればいいんだけどな」
「私、峰打ちじゃないけど刀で気絶ならさせられるよ? 木刀使うんだけどさ」
ゲームの技を意識したファイの呟きに、刀を振るジェスチャーをしながら百華が答える。
「魔法で気絶とかさせられないんですか?」
「あー、普通にスタンガンと同じ要領でできるけど」
「百華先輩、木刀よりそちらの方がいいですね」
これで忍びを仕留める術があることは分かったが、
「さてと、ここからどうしたものか」
右手を顎に当てながら理巧が考え始めると、若干の時間差がありつつも4人の携帯電話から一斉ピロンと通知音が鳴った。
「雨宮先輩からっすね」
『人の話を最後まで聞かずに飛び出していった3人に伝言だ』
グループチャットを見て、3人が申し訳なさそうな顔をする。
『忍びの目的は人工量子脳を奪うことじゃない』
『八代と次元の実力を把握することだ』
『詳しい話はあとでする』
突然の話に全員が目を見張る。
根拠が分からないのはむず痒いが、それが本当なら手の内をなるべく見せずにさっさと倒してしまいたい。
しかし、1つ問題がある。味方が増えたのは頼もしいことだが、魔術師というのは基本的に一対多は行っても、多対一や多対多の戦闘は行わない。実際、連携して同一の相手をするのはWiLicの教本でも想定されていないし、むしろ思わぬリスクを避けるために行わないのが望ましいとされる。
忍びは正直見た目じゃ区別できないので、それぞれに担当を割り振るのは難しいし、仮に見分けられても乱戦になるのは目に見えている。
そんな理巧の考えを覗き見たかのように、チャットにメッセージが続く。
『複数人での戦闘に戸惑ってるなら次に従え』
「これって……」
『まず次元とファイは忍びの動き、その流れを操れ』
「やるか」「そうだね」
『次に境と黒鉄は忍びの魔法の妨害だ』
2人は目を合わせて静かに頷く。
『最後に八代は忍びを仕留めるのが仕事だ』
百華は自身を滲ませて微笑む。
「みんな、雨宮の作戦に、準備は万端そうだね。行くよ!」
百華の言葉を合図に5人が一斉に行動に出る。
理巧とファイは水と炎を自在に操ると、それを忍びにぶつけるのではなく、側に寄せる。触れれば激流か灼熱だ。攻撃に移ろうとこちらに迫る忍び達の動きは、水と炎の壁によって反らされる。壁に誘導された忍び達の一部は2つの壁がぶつかることで起きた、水蒸気爆発で吹き飛ばされた。
爆風を躱した忍びの数体が胸元からカードを取り出すが、
「使わせないぜ、【气銃】」
陽斗の杖から正確に射出された数発のエネルギーの塊、正確にはエネルギーが高い微小な系は、数メートル離れた忍び達、その手元のカードを正確に貫く。
「それだけ壊れちゃ、使えないだろ」
前回の襲撃時に見つけたカードはNFCカードと同じような構造に見えた。カード内のアンテナを用いて近傍の情報を書き換える仕組みだろう。だから、一部が欠損すれば魔法は使えないだろうと陽斗は考え破壊した。その考察自体は大正解だったが、直後、背後に迫る灼熱の存在に気が付かない。
「【鉄壁】! 陽斗、油断してたわね」
忍びの放った火炎放射は畳大の壁で防がれ、そこには杖を振るった燐が金属光沢の中に映り込んでいた。
「――悪ぃ、助かったー」
「ほんと、危なっかしいんだから……」
忍術を妨害する2人に黄白の髪を靡かせながら少女が近づく。
「燐ちゃん、その壁ちょっと借りるね。【湧水】」
百華はそう言って鉄板に水をかけるとジュッと音がして湯気が上がった。冷ましたところで横から壁の前方に出ると勢いよく蹴り飛ばす。
「そーれっ」
蹴った反作用で少しだけ鉄壁が後退する。百華と壁の質量比を考えれば、百華の得た速度は凄まじい。スピードを落とすことなく駆けると、右手に持った杖は次の一言で姿を変える。
「【雷刀】!」
百華の詠唱に、杖の柄はポリゴンによって太く変形し、その先には電流が凄まじいスピードで空中を走る。雷刀の刃を水平に構え、忍びに迫った。
対する忍びはクナイを手にして防御を狙うが、雷刀の勢いは受け止められない。百華の斬撃が重いからではない。雷刀がクナイをすり抜けたのだ。
以前、出力を上げてクナイを受け止めたことがあったが、今回は違う。雷刀の間合いを活かし、少し距離を取った状態で振るう。
クナイをすり抜けた雷刀はそのまま忍びの腹部へ。気がつけば、雷刀は忍びの背中側にある。
「身体両断!! ……にはならないけどね。でも、おやすみー」
忍びは、ほんの一瞬の焼かれる痛みの後、一切の自由が効かないまま卒倒する。
「【束縛】」
射出された紐の両端が地面に刺さり、忍びの手足を拘束した。
「よっし、次」
理巧とファイによって作られたフィールドを百華が縦横無尽に駆け抜ける様子は、まるで積乱雲の中を走る稲妻のようだった。
「壁で視線を切って、一瞬でぶった斬ってるな」
「特に打ち合わせて無いけど、勝手に利用して倒していってくれてるね」
理巧とファイの仕事は忍びの流れを制御すること。そして、流れから1人ずつ弾き出すのだ。はじき出された忍びは避雷針のごとし。すぐ駆けつける雷に打たれ、卒倒の後拘束される。
「【収質】!」
「【气銃】!」
燐と陽斗も魔法を使い、忍びの動きを制限する。
「みんな、あと2体だ」
少し高く飛び、現場を俯瞰するファイの報告に、サークルメンバー一同は少し安堵する。
水と炎に阻まれ、方向感覚すら曖昧になる2人の忍び。その顔色こそ布に覆われて分からないが、明らかに疲弊しているのが動きから分かる。元気に動く稲妻が、その隙を逃すはずもなく、
「はっ!」
雷刀の一振りはちょうど固まった2人の忍びをまとめて薙ぎ払い、その身体の自由を奪う。忍びたちは同時に膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れ込んだ。
「「【束縛】」」
陽斗と燐の詠唱によって、最後の2人も無事拘束された。
「よしっ、私達の勝ちだね」
水と炎の乱舞によってサウナと化した現場に、百華の汗がキラリと輝く。対して、
「なんか、気持ち悪い」
高温多湿はコンピュータにとって好ましくない環境だが、理巧にとっても嫌いな環境だった。
「まぁこの環境を作ったのはボク達だけどな」
その様子を見て、ファイがやれやれとした手振り――羽振りでそう言った。とはいえ、理巧がへばっているのは高温多湿のだけでない。
「あー次元くんは魔法酔いしちゃったのかな」
「確かに、2人とも結構魔法使い続けてたっすもんね」
魔法酔い――魔法の違和感は妖覚として一種の平衡感覚の乱れにも変わるが、それが荒いと乗り物酔いのような状態になったりするのだ。そして、乗り物酔い同様人によってなりやすさが違う。
「まぁ私はならないんだけどねー、おっと」
そう発しながら、よろめく百華を燐が咄嗟に支える。
「大丈夫ですか?」
「あれ、なんかおかしいな。私もちょっと目眩いがするかも」
「燐、俺もちょっと」
「実は、私もちょっと」
「おいおい、みんな揃って大丈夫かよ」
百華に続いて、陽斗、燐まで不調を訴え、ファイが焦り始める。
そんな中、違和感の原因らしきものに気がついたのは燐だった。
「理巧、忍びは最初、何人いたか覚えてますか?」
「ごめん、数えてなかったや」
「ファイちゃんは?」
「ボクも記録はしてなかったな。でも、記憶だと13人か?」
理巧とファイに訪ねて忍びの人数を確認する燐。
「私も最初見たときは13人でした……」
ファイと同じく13人だと覚えていた燐は、その小さな顔を、拘束された忍び達の方へ向ける。
「今は1人足りません」
燐がそう言った切った直後、全員の頭を違和感が殴りつける。
衝撃に思わず目を瞑った。再び開いたときには、どこからともなく現れた炎が忍びたちを包み込んでいた。
「【水泡】!」
「ど、どうなってんだ?」
若干よろつきながらも理巧が消火を試みると、炎と共に中にいたはずの忍びまで消えてしまった。他の忍びたちも炎の勢いが弱まると共に薄れて消えてゆく。
「仕組みは分かりませんがやられましたね」
拘束に使われた【束縛】のロープだけが完全に灰となって、中庭のタイルを汚していた。




