第40話 原子魔法
「雨宮くん、僕はもう大丈夫だからみんなのところ行った方がいいんじゃないか?」
「何言ってるんですか。また、人質にされたら面倒なんですよ」
医務室に向かう道中、那由多は錫木の問いに呆れた口調で返す。
「ははー、それは、反論できないな。それにしても、心配性の君にしては珍しいね。すぐにでも援護に行きそうなものなのに」
「八代は天然で抜けてるとこもありますけど、戦闘に関しては信頼してますから。それに、次元の魔術見ましたよね」
数分前、杖を握ることなく魔法を行使した理巧の姿を思い出す。
「あぁ、あれは驚いたね。原子魔法を使ってああいう戦い方をする人間を、僕は今日まで1人しか知らなかった」
「――それって?」
「次元定義、彼の父だ」
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自分の父の名を語られているなど知りもしない理巧は、ファイと共に忍びの行方を追う。流石に不利を感じたのか、忍びは窓の向かいの棟の裏に向かって走っていった。
超自然学サークルの部屋はサークル棟の端なので、忍びが理巧の視界から外れたのは一瞬だ。向かいの棟の角を曲がり、もう一度曲がって忍びを捉える。が、
「なぁ理巧、緊急事態発生だ。ボクは乱視ってやつになったかもしれない」
「そりゃー緊急事態だね。でも、本当に乱視だった方が良かったかもしれない」
理巧とファイの視界の中には、黒装束の忍びが複数見える。
小学生の頃にはパソコンを使い始め、日々画面に照らされ続けた理巧だったが、視力は両目とも裸眼でAだ。実際には画面から出るブルーライトなど太陽光と比べたら数オーダー小さいので、家の中にいた時間が長いほうが視力の低下は少ないのかもしれないのだが。
ともかく、
「残念ながら僕達の視力は健在で、忍びはただ増えただけみたいだね」
「ただ増えたって言われてもな……。これ、理巧がやってたこの間のゲームみたいに、本体は1体だけで」
「それ倒したら全部消えるみたいなシステムだったら楽なんだけどね」
そんな会話をしながらも、理巧とファイはその周囲に水と炎の渦を巻き警戒を怠らない。2人はそれぞれ水と炎の渦巻く軌道を変化させ、忍びを流し炙らんと動かす。目標は全員の制圧。もちろん殺せば殺人罪に問われることになるので、いかに素早く殺さずに倒すかが魔術師の腕の見せどころだ。
「んっ」
理巧は飛んでくるクナイを圧縮した水膜で受け止め、続けて顔に迫る忍びの足を水で押し流すと、そこにファイが火の手を伸ばす。忍びが避けようと後ろに跳ぶと、今度は別の忍びがクナイを投げ込んだ。理巧は水塊を射出する際の運動量を自身から捻出するよう引数を与え、攻撃と同時に反作用で回避を行う。
水塊を躱した忍びは理巧に接近戦を持ちかけた。が、
「うっ」
背後から近づく質量に殴られた。躱したはずの水塊がヨーヨーのように理巧の方へ戻ってきたのだ。続けて迫る別の忍びには戻ってきた水塊を平たく潰して盾とし、反対側からの攻撃には高圧放水で応戦する。
「すごい……でも、何の魔法だろう」
ちょうど追いついた百華の目には水と炎の龍が踊る様子が映っていた。
百華が魔法を識別できないのも無理がないが、理巧が使う魔法は至ってシンプルな原子魔法だ。
原子魔法とは魔法記述体系において、言語側でサポートされた22の基礎となる魔法のことである。ここでいう原子とは物質の単位の話ではなく、単にこれ以上分けることのできないという意味での原子だ。
原子魔法は大きく4つに分けられる。生成、マクロ操作、ミクロ操作、消滅だ。無属性では【創質】、【念力】、【念化】、【消質】がそれぞれに対応する。
そして、しばらく様子を見ていた百華が気が付く。
「いや、違う。もしかして【念水】と【念焼】?」
【念力】を液体の操作に特化させたのが水属性の念力型、【念水】で、【念化】を酸化に特化させたのが炎属性の念化型、【念焼】だ。
本来、原子魔法は別の魔法の中で呼び出して使うことが主であり、単体で使うことは非常に稀だ。
例えば、水塊を射出する【水泡】は、【湧水】で水を生成、【念水】で動かし、【涸質】で使い終わった水を散らすという流れからなる。このように原子魔法を組み合わせたものを複合魔法と呼び、一度の呼び出しで目的を果たせるという利点がある。
「でも、あんな不規則な魔法、私対処できるかな」
だからこそ、理巧は【念水】だけで水を変幻自在に操り、攻撃と防御を臨機応変に熟す。水の如く枠に囚われないからこそ、敵の意表を突けるのだ。
理巧が忍びの攻撃を捌く中、背中を任されたファイも負けじと魔術を行使する。【念焼】で酸化を促すだけでなく、風属性の【念風】も使って可燃性ガスごと炎を動かしているのだ。
対する忍びは水と炎に飲まれ、体力は削れているはずだが――何か気がついた百華が理巧に向かって叫ぶ。
「次元くん、忍びが何か使った!」
忍びの1体が空中に向けて何かを投げる。風を切りながらくるくると回る何かは、最高点に達し、落下を始める前に一瞬キラリと光る。
一瞬生じた情報の揺らぎを妖覚で感じ取り、危険を察した理巧は顔を逸らしたが、その瞬間空気を裂くように閃光が音もなく放たれる。おそらく投げられたのはトランプを模したカード型の魔道具だ。
忍びは頭巾をずらし目を覆っているが、理巧が手で目を覆うのは間に合わない。理巧は目を瞑り顔を背けるも、地面や周りの講義棟の壁に反射した光は十分な威力で瞼を透過し、網膜を焦がす――はずだった。
直後理巧の視界は奪われるが、眩い光によるものではない。むしろその逆だ。
「暗転?」
周囲の光が減衰し、理巧とファイの周りが陰になる。「「【収質】」」と、そう叫んだ2人の魔術師によるものだ。
「陽斗、燐!!」
「普段、単体では使わないですけど」
「理巧の戦い方見てると、たまには使ってみたくなるよな」
杖を構えた2人による光属性消質型の魔法は、光の荒波に夕凪を強要した。




