第25話 パニック
妖覚が鈍いと魔法戦闘において不利に成る理由は2つ。
1つは敵が魔術を行使したタイミングや位置を検知できないこと。創作物では魔力探知なんて呼ばれるが、感覚的には耳で音を聞いて音源を探るようなものだ。実際、聴覚で感じ取るのが気圧の波なのに対して、妖覚で感じ取っているのは情報の波である。
そしてもう1つは魔法に対する反応だ。妖覚が鈍いと魔法を魔法として認識するのに思考が伴う。そのため五感、特に視覚において、魔法は物理法則を破っているようにしか見えない。
期待違反と呼ばれる心理学の用語がある。例えばマジックで、この場合魔術ではなく手品という意味でだが、握ったコインが一瞬で右手から左手に移動したとする。これを目の前で見せられた人間は、思わず左手を見てしまうだろう。マジシャンはその隙に右手で堂々と証拠隠滅を図るのだ。
期待違反とはこのように自分の想定とは異なる現象が起こったときに、それを注視する時間が長くなる現象をいう。
そしてこれは魔術にも同じことが言える。妖覚が鈍ければ、目で現象を知覚してから脳でそれが魔法と認識するまでの間に時差が生まれる。すると物理法則を破るような魔法に期待違反がはたらき、視線は奪われ視野は狭まる。すなわち隙が生まれることになるのだ。
これらを勘だけで補っているの百華はそれだけ異常なのである。
「さてと、資料読みの続きをしよっか」
「いや、その前になんでコックリさんなんてなんで始めたんでしたっけ」
そのまま資料読みに入ろうとする百華を理巧が止める。
「あーえっと」
「俺が呼んでた論文にウィジャ盤の話が……これがなきゃあんなことしなくて済んだのに……」
「結局その論文の結論はなんだったんだ?」
渋い顔をする陽斗にファイが尋ねた。
「それがまだ読み途中でさ、ウィジャ盤の話は1つの例に過ぎないんだよ。――」
陽斗は皆の方へ向き直して話す。
「――誰か、集団ヒステリーって聞いたことあります?」
「ヒステリー……集団パニック。なんで今まで思いつかなかったのでしょう」
「えっと、どういうこと?」
百華の疑問に燐が続きを述べる。
「理巧が仮説に立てたスレプル症候群は集団での自己同一性の喪失、解離性障害の一種ですよね。集団ヒステリー、パニックも同じように自己を喪失したり、感情の伝播が発生したりするんです」
「それは張結界器官に問題がなくても起こり得るってことか」
「そうです」
那由多の言葉を燐が肯定した。
「パニックっていうのは、割と人間の根本的な心理作用に基づくんです。保育園で1人の子どもが泣きだすとみんな泣き出すだとか、大人でも誰かが何らかの理由で笑うと、周囲の人間が訳もわからず笑い始めるだとか」
「すると、今回の事件も赤いドレスの少女が倒れたのを引き金にパニックが起こったって可能性が出てきたわけだね」
「ん、赤い少女って」
理巧の言葉に陽斗がこう反応した。
「あぁ、事件に遭遇した山本さんから話を聞いたことは言ったろ」
「あぁ、雷雨ぜんそくの決定的な証言をくれた人だな。」
「そうそう。それで山本さん曰く、最初に倒れたのは真っ赤なドレスを纏った少女だったって。『つれりあん』の主人公が物語中で着たものに似てるからコスプレなんじゃないかとも言ってたね。あ、そうそう、それそれ」
ファイがキャラクターイラストを宙に表示する。お馴染みの空中結像だ。
「その少女動画にも映ってましたよね」
「えっと、あぁこの一番怪しい動画にだな」
燐の一言にファイが動画も投影する。
一番怪しい動画とは、編集などの形跡は発見できないものの、一番元の投稿者が捨てアカウントであり唯一UFOがハッキリと写り込んでいる例のものだ。
「なるほどね。となると今一番有力な仮説は、イベント前の雷雨で花粉が細かく粉砕される。イベント中のゲリラ豪雨の下降気流でその花粉が地表に流れてぜんそくになったり、気圧変化で頭痛やめまいを訴える人も出てきた。で、少女が倒れてさらにパニックなった上に雷光をUFOと勘違いした人もいるって感じかな」
「あそこにいた人たちはUFOに関わるアニメイベントに参加しに来ているので、パニック中に起こった出来事をUFOと結びつけて考えてしまうのも十分あり得ることだと思えますね」
百華が内容をまとめ、燐が付け足して話した。そこへさらに那由多が加えて話す。
「ただまだ謎は残るな。1つ目に病院側から原因の発表がないこと。2つ目にUFOの写り込んだあの動画。そして3つ目、調査中に襲撃してきたあの忍びだ。あの忍びの目的がわからない以上、調査は慎重に行うべきだと思う。」
理巧は改めて考える。確かにあのとき忍びは理巧のカバン、もといいその中に入った人工量子脳を狙っていた。あの襲撃はいわばファイの誘拐未遂だったわけだ。仮にあのUFO騒ぎに忍びが関与したとして、ファイがいると都合が悪いことがあるということだろうか。……仮定の中の仮定の話に理巧は一度考えるのをやめた。
「これからの方針を決めます。私と燐ちゃんと境くんは聞き込みに、今度はSNSで現場にいたって人に連絡とってみよう。雨宮と次元くんとファイちゃんは資料読みをお願い。」
「あ、すまんが、ボクは少し気になることがあるから別で調べるな」
「そっか分かったー。それじゃあみんなぁ、はりきっていこう!」
調査の第二段階が幕を開ける。




