第14話 初調査
「おーい」と、クリーム色の長髪を風に靡かせながら、八代先輩がこちらに手を振っている。その隣に立つ灰色の髪、高身長の男の人は雨宮先輩だ。ひとまず先輩たちのいる方まで移動しよう。
「やあやあ皆の衆、ごきげんよう!」
「八代先輩、おはようございます」
理巧に続いてファイに陽斗、燐も挨拶する。
「雨宮先輩もおはy……なんですかその荷物?」
後ろに背負うのはサークル部屋でも見かけた通学用のリュックサックだろう。そしてそれともう1つ、大きな肩掛けのカバン?が那由多の足元に置かれていた。かなり重そうだ。
「なんか鑑識のボックスみたいですね」
陽斗の表現に理巧は「それだ」と納得する。
「まぁ中身は違うが、調査に使うものが入ってるから同じ系統かもな。昨日準備したもんも入ってるぞ」
昨日は討論会の終了後、今日の調査のために色々と準備をした。さすがにルミノール反応や下足痕、指紋にDNAを採取することはないだろうが、外だけみればそういう道具も入っていそうだ。
「じゃあ今日調べる割り振りを。まず、燐ちゃんと境くんは花粉の採取ね」
「「はい」」
花粉は土に落ちれば自然と吸収されるが、舗装された地面ではそうはいかない。無花粉スギに植え替えられる前は風が吹くたびに舞い上がり、多くの人々を苦しめたものだ。
「じゃあはいこれ渡すな」
「昨日準備したシャーレですね。じゃあはい、陽斗持って、」
「おう。えっと、こんなに準備したんだっけか」
シャーレ、ペトリ皿とも呼ばれる蓋のついた薄いガラス製の平皿だ。菌などを培養する寒天培地に利用するものとして考案されたが、その利便性から現在では容器としての役割も請け負っている。
2人は昨日の準備でシャーレに綿棒で油を塗る作業をした。空気中の花粉を貼り付けて後で顕微鏡で観察するのだ。共同作業が楽しくて、無意識のうちに作りすぎてしまったことを陽斗は覚えていない。
「次に、次元君とファイちゃんは瘴気濃度の測定と、もし高ければ原因の究明」
「はい」「おう」
最初は雷が原因で正気が発生したと考えていたが、やはりスレプル症候群を発症するほどの濃度の瘴気が雷で発生したとは考えにくい。
そこで、発生の要因が別のところにあるのではないかと、それを探るための調査だ。
「次元にはこれだな」
「ガス検知器ですね。ありがとうございます」
「昨日も説明したけど、使い方はグルチャに送っといたから忘れたら見てくれ」
「まぁボクが記録してるから大丈夫だけどな」
理巧の返事に重ねてファイがドヤ顔でそう告げる。
「ファイちゃんは”記憶”じゃなくて”記録”なんだね」
「記憶できなわけじゃないぞ。記憶と記録を使い分けているんだ」
「なるほどー」と八代先輩は関心を示す。
「全てを記録してたらすぐに容量がいっぱいになっちゃうから、普段は記憶してるんだよね」
「記録したものは当然記憶にも残るけどな」
人間には理解できない、電脳生命体ならではの感覚だ。
「や、やっぱりファイちゃんは不思議だねぇ」
多分理解しきれていない顔で百華がこう話す。
「えっと、それじゃ話を戻して、最後に雨宮と私で聞き込み調査を行います。ってことで、昨日も説明したけど、分担はOKだね」
各々が返事をし担当に分かれる。とはいえ、調査範囲はこの広場のあたりなのでおよそ目の届く範囲での分担作業だ。
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「まぁ分かってはいたけどさ、全然反応ないね」
「そーだな」
実体化したファイを肩に乗せ、理巧は辺りを散策するが濃度計に反応はない。
「もし瘴気が発生してるとしたら、やっぱり漏電とかかな。いや、偶然無声放電が起こるとも考えにくいか」
「そもそも霊気の濃度が高くなきゃ、オゾンが発生して終わりだろ」
「空気は綺麗になるね」
オゾンはタンパク質を酸化分解して破壊する作用があるため、ウイルスや菌類には致命傷を与える。実際オゾンを利用した空気清浄機も存在するが、オゾンの濃度は人体に影響はないレベルなので安心だ。
「仮に、スレプル症候群が発症したのだとしたら、誰かが意図的に瘴気を撒いたとした考えられないぞ」
「いや、それもうテロじゃん」
「でも魔法なら簡単に作り出せるだろ」
実際、【物質創造】と呼ばれる無属性基本系の魔法がある。別の魔法の中で呼び出されることが多いが、単体でも機能する名前通りの機能を持った魔法だ。
「この監視社会の中でバレずに魔法が使えるとしたら、違法な魔道具が出回ってることになるんだけど」
魔道具には絶対に生体認証がついているし、使用履歴は定期的に魔法省に届けなければならない。海外では規制が緩く日本では使えない魔道具も存在するのだが、月に一度はそれらが税関で見つかり押収されたというニュースを目にするものだ。
もし瘴気の発生理由が違法な魔道具による魔術だとしたら、大学の一サークルの手に負えるものではない。魔対案件だ。もっとも本物のUFOに遭遇したらアメリカ空軍でも呼ばないといけなくなるのだが。
「あっ、映像が撮影されたのちょうどこのあたりじゃないか?」
「あとで使うかもだから一応3Dスキャンしておいてくれるかな」
「まかせろ」
そう言って肩から羽ばたいたファイは宙を飛び、周りの空間の情報を収集、ファイの移動した距離と方向から各点までの距離を導き出し、ポイントクラウドと呼ばれる三次元の記録を行う。
視覚以外にも情報波を用いて測定していると、ファイは違和感を感じた。
「……なんだあの影」
視覚的には映らないのに情報波の挙動に違和感がある。
「っ結界。後ろだ!理巧!!」
次の瞬間、ファイの捉えた影は陽炎のように景色を歪めながら人影に変わると、その腕を、刃物を理巧に振るった。




