第7話 UEP
「こんにちは」
「おっよう、次元」
サークル部屋で理巧を出迎えたのは、灰色に染められた髪に高い身長、実年齢より少し大人に見える超自然学サークルの副サークル長、那由多だ。
理巧は少し周りを見渡して、
「まだ雨宮先輩しかいないんですね」
「あぁ、この時間は八代は講義だったっけかな。境と黒鉄もこの時間は講義なんだろな」
大学では学科ごとに必修科目や選択科目があり、卒業や進級に必要な単位を取得するために各自がそれぞれに時間割を組む。
大学のサークル活動は中学校や高校の部活とは違って放課後に集まるというわけではない。そもそも大学でいう放課後がどこに当たるのかわからないが、活動には来れる人が来れるときに来るのである。
「じゃあすまんが俺はこれから仮眠をとる」
「え?」
「仮眠をとる。おやすみ」
那由多はソファーに横たわるとクッションを枕に寝てしまった。
「ねぇファイ、これどうしよう」
「ボクに聞かれても困る」
ポンと空中に現れたファイが怪訝そうに目を細めて答える。
「とりあえず、仮説はもう立てたろ。明日の調査の準備でもすればいいんじゃないか」
「準備って、何を?」
「何をだろうな」
UFOの調査なんてしたことのない1人と1羽はサークル部屋で呆然とする。もっともUFOの調査をしたことがある人物なんて全人類のなかでも少数派であろうが、その少数派に含まれるはずの先輩は、いびきをかいて夢の中。ちなみに耳に入る音量は、
「ファイ?」「45dB」
ほどなのでうるさいというほどではない。
そんな1羽と1人のもとへ
「あ、理巧にファイちゃん、おはようございます」
「よぉ、おはよ」
同じく新入生の陽斗と燐がやって来た。高校からの友人で気が知れた仲だ。
「講義じゃなかったんだな」
「いや、今日は初回だからシラバス読んで終わったぜ」
「私も同じ感じです」
「なるほど、だからこの時間なのか」
2人の話を聞いて理巧は納得。ちなみにシラバスとはある期間、たとえば学期ごとに講義の計画、および内容を概説したものだ。
「それはそうと……さっきからかすかにいびき?が聞こえているのですが……」
「あっ、雨宮先輩が寝てる!」
入り口からはソファーの座る部分が見えないため、中に入ってから那由多の存在に気が付く。これくらいの会話じゃ起きる様子もなく。
「先輩は寝てるのに、俺たちだけで何すればいいんだ」
「2人とも仮説は立ててきた?」
「おう」「はい」
流石に直前になってやるような2人ではない。燐は見た目のとおり、陽斗は見た目に反して真面目な性格だ。
「ひとまず、明日の準備でもすればいいんじゃないかって」
三人寄ればなんとやらだ。3人と1羽が集まれば何かできるに違いない。
「明日の準備って?」
「……分かんない」
ダメだった。3人と1羽のオカルト知識の排他的論理和が空集合だ。
「ん?」
そんなくだらない思考の片隅に何かを感じる。何やろう。――視線だ。
理巧はどこから視線を感じ、その発信源に目を向けると、入り口から誰かが覗き込んでいることに気が付いた。その相手も気が付かれたことに気付いたようで、次の瞬間、キュッと床を鳴らせると廊下を走って逃げ始める。
「ちょっ、待てっ!」
「理巧!?」
陽斗の声を振り払い、理巧も未確認逃走人物を追いかける。Unidentified Escape Persons、UEPと名付けよう。
杖をポケットから取り出し、UEPに向かって魔法を発動する。
「【拘束】っ!!」
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物理学のM理論によれば、この世界は11次元であるらしい。人間が日常で知覚できるのは時空間の4次元だけ。残りの7次元は小さくコンパクトに折りたたまれているそうだ。この考え方は100年も前から存在し、数学的に証明されてはいるものの、実世界で実際に確かめる術を人類はまだ持っていない。
ただし、そのM理論をベースにし、魔法の発展に大きく寄与した世界の解釈がある。情報世界論だ。世界を有るか無いか、真か偽か、表か裏か、1か0のビットとその配列のみによって解釈する理論である。この理論において、世界のビット配列のうち、時空間の4次元を顕界、余剰7次元を潜界と呼ぶ。潜界は正確には綺麗な配列の形をしていないので以降はビット情報と呼ぶこととしよう。
そして、魔法とは潜界のビット情報を確率的に変更し、自らの都合のいいような事象を呼び出すことだ。もっとも、こちらも確かめる術がないので、上手くいっているだけの可能性も否定はできないのだが。
さて、ビット情報の変換効率は潜界上距離の7乗に反比例する。つまり、魔法が顕現する座標は術者に近い方が都合がいいのだ。その結果、多くの魔法は速度や加速度を伴って術者の近くから射出する形になっている。
故に、
「避けられた!」
魔法の顕現座標と標的とには距離があり、結果として衝突までの猶予が生まれる。【拘束】も両端に重りを付けた紐を高速で射出する魔法なので、多少の心得があれば躱せる。
UEPが曲がり角に差し掛かった次の瞬間、何かとぶつかるような重い音が聞こえた。そして、
「せーんーせーいー!?」
クレッシェンドのかかった怒号が廊下に響き渡った。
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サークル部屋の真ん中で腕を組み仁王立ちする百華。その正面で正座をするもじゃもじゃ頭に丸縁メガネをかけた中年男性。
「ぅあ~、ん?これどういう状況?」
那由多の起床でますます混沌とする室内、
「す、すみませんでした」
その重々しい雰囲気の中、男性、曰く先生が遂に口を開いた。
「サークル部屋に入ろうとしたらさ、八代君も雨宮君もいないし、おまけに知らない子が3人もいたんだ」
「ボクもいたぞ」
「それで、先生は盗み見ていたのを気が付かれて慌てて逃げ出したと」
「はい、そのとおりです」
申し訳なさそうに答える先生。だいたい状況が分かってきた。つまり、
「八代先輩、この人、いえ、この先生って」
「錫木勇樹教授。応用魔法学部魔法文化科担当の先生で」
「このサークルの顧問をしているんだ」
「自称だけどね」




