第5話 ハッカー?
超自然学サークルの部屋は高校の一教室くらいの大きさだ。
『去年に物置だったところを借りて整理したんだよね』
とは、図書館で八代先輩が語ってくれたことだが、現在では簡単な実験器具に応接室にでもありそうな机にソファーまで完備している。どれだけ整備したのだろうか。
今そのソファーに理巧と那由多、机を挟んで陽斗と燐、いわゆる誕生日席に百華が座っている。
「さてと、資料も準備できたし、今日は情報を整理して仮説を立てようか」
「現場で実際に何を調査するのかにも関わりますね」
百華の提案に燐がそう反応する。
机の上に広がるのは大学図書館で借りたりコピーしたりした資料だ。
「一応、資料読み込むのは私と燐ちゃんと境くんで、雨宮と次元くん、それにファイちゃんは画像と動画の解析をお願いね」
一同がそれぞれに返事をし、作業に取り掛かる。
「こういう解析とかは、ファイ、お前だけでもできるんじゃないのか?」
「いいや、僕の専門は魔法記述体系でそういうのは専門外なんだ。僕の頭の内ではできない。だから普通に解析ソフトを使うぞ」
那由多の期待交じりの疑問にファイが答える。
「なんでもできる訳じゃないんだな」
「過度に期待されても困る。ボクらが国家運営の補助のために開発されたってのは知ってるだろ。この役割は複数の個体がそれぞれの担当を持つことで為されている。ほら、例えば三大電脳とか」
「日本の三権分立に基づいて動く3体だったか」
「それです。立法のリガルス、行政のパッド、司法のジュディの3体ですね」
那由多に理巧が付け足す。三大電脳とは日本三景に三大美人など、何かと三つ並べたがる日本人らしいネーミングだが、三権分立のそれぞれを掌るこの三体は日本の情報通信における優先権を持ち、防御は鉄壁、権限は絶対。そんじょそこらの三大なんちゃらとは格が違う、現在版御三家である。
「ニュースでしか見たことなかったけど、ファイみたいのが国家運営してると思うとこの国が心配になるんだが、」
「ボクの何が心配だって?」
画面の中のファイが眉を歪めて問い返す。
「人間らしいですもんね。温かみがあっていいとは思いますけど、Cyliが国家運営に当たっている間、彼らの人間らしさを成す『格』は抑制されてるので情に流されたりはしないみたいですよ。それに、彼らの役割は補助であって、あくまで主体は人間ですから」
理巧はファイを宥めつつ百華の心配もしっかり解消する。
「と、色々話してる間に解析の準備ができました。ファイも手伝いありがとう」
理巧のノーパソには複数のウィンドウが表示され、画面だけじゃ収まり切らなかったのかその左右にも空中結像で別々の画面が展開されている。
空中結像はしばしばホログラフィーと混同されるが、前者は光の反射を利用したディスプレイの技術、後者は光の回折と干渉を利用した立体の記録と再生の技術であるので、間違えぬよう注意願いたい。
「えっと、これはすごいな。俺は何かすることあるのか?」
ウィンドウのほとんどがコマンドラインでコンピューター素人には何が何だか分からない。那由多もパソコンは人並みに使えるが、コマンドで操作するCUIを使わない辺り、やはり人並みだ。
残念ながらこれは素人には分からないことだが、これらの画面は玄人にも分からない。
「じゃあ、雨宮先輩はEnterキーを押してください」
「……いや悪いってそんないいとこ取りみたいな」
「遠慮しないでくださいよ。押さないと先輩何もしてないじゃないですか」
「そんなに俺に気遣わなくていいから……ん、今遣われてたか?」
「あまり、長いとボクが打ち込むぞ」
ファイがそう言った瞬間、横からすっと腕が伸びてきて、細い指が「えいっ」っとエンターキーを押した。割と勢いがあったので、キーボードに穴ができそうだ。
「おぉすごいすごい、よく分かんないけど文字がどんどん画面を流れてくよ」
百華が誰が実行するか論争に終止符を打った。
「なんか満足げだな」
「いやーなんかさ、ハッカーみたいでかっこよくない?」
「お前はEnterキー押しただけだろ。それにしても次元、魔法情報科はみんながみんなこうなのか?」
「こうって、コンピューター技術のことですか。まだ、プログラミングの講義は受けてないから分かりませんが、だいたいこんなもんじゃないですかね」
「理巧は自分の技術力の自覚が足りないんだ」
理巧の返答を受けてファイがやれやれとした様子で話す。
「でもなんか本当にハッキングとかできちゃいそう」
「————」
「ダメですよ。ハッキングは不正アクセス禁止法に……ちょっ!」
「はい、燐はこっちの仕事しましょうね」
百華の発言に法的観点から話に入ろうとした燐を陽斗が抑える。
理巧の所属は工学部魔法情報科。魔法記述体系のほか、魔法と情報理論は切っても切れない関係にある。とはいえ、理巧ほどの実力を持った者はそういない。たとえ魔法情報科を探したとしても、だ。
こうしている間にも解析ソフトに理巧とファイが改造を加えたものは与えられた画像と動画を読み込み順に処理していく。結局、解析班の2人も手が空いたので、資料の読み込みに加わることとなった。もう1羽には別のお仕事をしてもらう。
「さっきは燐ちゃんの声で聞こえなかったけど、次元くん何か言いかけてなかった?」
「いえ、ただの独り言ですよ」
むしろ余計な追求を免れたと考えたのは理巧だけの秘密だ。




