青魚の空
ひつじと一緒に歩いて行くと青い魚が見えてきた。
はて、なんで青い魚なんか見えるんだろう。
途端に、ひつじは必至からがら逃げる。
はて、なんでひつじは逃げるんだろう。
私がぼんやりしているうちに、ひつじは走って行ってしまった。
青い魚は、イワシとサバの2種類で、こんなことを言っていた。
「あぁ、早く空を飛びたいもんだなぁ」
「こう、いつまでも海の中だと、なんだかなぁ」
私は耳を疑った。
「鯖と鰯は飛べるのか?」
思わず口を出た疑問に、イワシとサバは思いっきり笑った。
「ワッハッハ、イワシとサバは飛ぶのかだって?」
「あんた、それは正気かい?」
「秋の空といやぁ、昔っから大凡うちらのもんだがね」
二匹の青魚は銀ピカの腹を反り返らせて自慢げに語った。
こうして海の中を泳いでいる鰯と鯖が、あの遥か高みにある空に対して我が物顔でいることが、私は全く信じられなかった。
「私は鯖と鰯が飛んだだなんて、一回だって、見た事も聞いたことも無いのですが」
私がそう言えば、イワシとサバはこう言った。
「夏の初めにゃ、鯉も飛んだよ」
魚が空を飛ぶだって?
第一、魚は鳥の形をしてないじゃないか。
疑わしげな此方の目線に応えるようにイワシとサバは言い募った。
「うちらが飛ぶとこだって、見せてやったってもいい。もうとっくに秋なんだ」
「けれど、あいつが居るうちは無理さ」
「どうしても見たいなら、あいつをどうにかしておくれ」
「うちらだって、本当は早く飛びたいのさ」
そこで私は聞いてみた。
「あいつって?」
イワシとサバは答えた。
「あいつはあいつさ」
「海の上のあいつさ」
「もしかして、海の上を歩いてる、とてつもなく大きな怪物のことですか?」
私が確かめるとイワシとサバは頷いた。
「そうさ。だから飛ぶのは無理なのさ」
暗い海でひとつぽつんと泣いていた、月のことを思い出す。
あの時、自分には何も出来ないと、何もしないうちから諦めてしまった。
海の上の怪物は、あまりにも強大で、ちっぽけな自分に出来ることは何もないと。
録に知りもしないくせに、やる前から諦めてしまっていた。
ほんとに、そうだろうか?
もしかしたら、自分にも出来ることがあるかもしれない。
もし、あの怪物をどうにかできたら、月を、笑顔にできるだろうか。
考え込んだ私を引き戻すように、イワシとサバが言い募った。
「諦めな。お前なんかに何ができるわけもない」
「みんな恐ろしくて海に引っ込んだんだ。お前だってそうだろう?」
聞かれて、ふと疑問に思う。
そもそもあの怪物は何でみんなから恐れられているのだろう。
尋ねればイワシとサバは呆れた様子で答えてくれた。
「食い尽くされるからに決まってるだろ。あいつは手当たりしだい何でも食べるんだ」
「お前なんてきっと一飲みだよ」
そう言って、イワシとサバは何処かへ泳いで行ってしまった。
こんなちっぽけな私が何かしたって、あの怪物は気にも留めないかもしれない。
もしかしたら、イワシとサバの言うように一飲みで食べられるかもしれない。
でも、何もしないよりきっといい。
私は、海の上のあいつに会いに泳いだ。
水平線はもうすぐだ。