贈り物
誰かからの贈り物とは、いったいいつ以来のことだろう?
外はすっかり夜だった。部屋の中は物の輪郭が分かる程度の暗さだが、窓からは月明かりが差している。
雷雲にもらった氷の雨粒は、月光に照らすと透き通った輝きを見せた。
まんまるで小指の先程の大きさのそれは柔らかく光を反射し、まるで真珠の様だったが、私には別の何かを思わせた。
摘まんでみるとひやりと冷たく、胸の奥の蟠りや重りが融けるようにすっとした気分になる。
何故だか無性に泣きたくなった。
凍った雨粒はとても美しく、目が離せずに暫くの間眺めていた。
これ程美しいものは久しく見ていない。以前同じような感動を覚えたものは、何だったろうか。
月に翳したり、手のひらで転がしたりして記憶を手繰っている内に、それは霞みの様に消えてしまった。
ひとつ息をついて顔を上げれば、灰色の壁も、鉛色の鉄格子も無くなっている。
代わりに辺りには白い霧が立ち込めて、目の前には青い海が広がっていた。
寄せては返す静かな波が、足元の砂をさらっていく。
仄かに潮の香る湿った空気がひどく懐かしかった。
このまま海を泳げば家に帰れる。
そんな気がして思い切って一歩を踏み出せば、海は存外に深く、身体は首から下がすっかり沈んだ状態で、それでも足が地に付かない。先ほどまで確かに波打ち際に立っていたのに地平は何処にも見当たらなかった。
どしん、どしんと音が聞こえる。
後ろを振り向けばこれでもかという程の大きな大きな足が、霧に霞んだ遥か上からあっちに落ちては引っ込んだり、こっちに落ちては引っ込んだりを繰り返していた。
どうやら途轍もない大男が海面を歩いているらしい。ソイツの足が海を踏む度ドシンと音がし、大きな波が立つようだ。
ソイツが一歩を進むたんびに私はザブンと大波に呑まれた。
おかげで碌に泳げもしない。これなら最初から、海に潜っていた方がよさそうだ。
潜る前にもう一度、私は海を見渡した。
白い霧に紛れて見える海はやたらに青く、何処までも続いている。
地平線とは何処だろう?
ザブンと、また波に呑まれながらもそう思い、私は当ても無いまま青い海の中を泳ぐことにした。