89.腐れ縁
89.腐れ縁
-4月から海外出向が決まった。
だからしばらく会えないと思う-
2月の始めに遼からきた突然の連絡。
携帯を片手に卓の指は止まった。
画面の文字に映る言葉が現実とはまだ思えなかった。
心臓の音だけがうるさく聞こえる。
うそだろ・・・
しばらく時が止まったかのように静まり返る室内。
現実だとようやく理解した時、卓は手を動かした。
海外出向って一体いつまでかかるんだ。
ネットをみると5年から10年と書いてある。
長いな10年・・・
10年というと顔も体も変わってしまうだろう。
子供の頃からずっと仲良かったし、
疎遠になることもなく一緒に年を重ねてきたのに
もうそれも出来なくなる・・・。
向こうで彼女が出来て、
結婚をしてしまうかもしれない。
俺はそれに耐えられるのか。
携帯を何度も見返す日々が続いた。
実は嘘だったのかもしれないと、
現実じゃないと思いたい。
朝が来るたびに携帯のその画面をみては落胆した。
海斗にも遼の海外出向の話しをした。
どうやら俺にしか連絡が来てないらしい。
海斗も直接遼に連絡をすることはなさそうだ。
少しずつ気持ちの整理をついてきた3月、
俺は返信の内容に戸惑っていた。
いつもなら速攻で返す内容も、今は出てこない。
-そっか!まぁ離れても友達だよ
向こうでも大変だろうけど-
-返事遅れてごめん。最近忙しくて
寂しくなるなぁ・・・向こうでも-
何度も何度も書いては消して書いては消して
を繰り返す
たった一言
頑張れの文字が打てない
応援が出来ない・・・
寂しい。
あいつは寂しくないのか。
こんな簡単に俺と離れ離れになっても何とも思わないのか。
胸から飛び出しそうな嫌な思いが溢れていく。
友達なら・・・本当に友達なら
応援するべきだろ!
何でそのたった一言が伝えることが出来ない。
卓の胸の中にやり場のない苦しみがうずまき、
悶々とした日々を送っていた。
そしてたどり着いた先は“とある喫茶店”だった
「いらっしゃいませ・・・おや卓さん・・・久しぶりですね」
マスターの顔をみて、心から漏れ出そうな思いが涙として出ていく。
「とりあえずおかけになって」
マスターは席へと案内をした。
マスターはドアの看板をOPENからCLOSEに変え、
コーヒーを卓に出すと席に座った。
「私で良かったらお話を聞きますよ」
マスターの言葉に卓はゆっくりと言葉を出した。
遼への今までの気持ち
遼が海外出向に行ってしまうこと
本当は応援したいのに
行ってほしくない
ずっと自分の傍にいて欲しい気持ち
自分の心との葛藤や迷いや悩みを
ゆっくりと自分のペースで話をしていく
マスターは二度三度頷きながら卓の話を聞いていた。
話が終わると卓の冷えた両手をぎゅっと握った。
「辛い日々を過ごしてきたのですね・・・私に話をしてくれてありがとうございます」
マスターの温もりが卓に伝わっていく
「私、卓さんと遼さんの事を幼いころからずっとずっと見守ってきました。
貴方たちをみていると本当に仲良しで見ていて心が暖かくなりました」
“貴方たちの絆はそんなことで切れません”
マスターのその一言に卓は重い口を開いた。
「そんなこと分からないじゃないですか。
俺の気持ちを知ったら遼は絶対俺の事嫌いになる」
「なりません。ずっと見てきた私が保証します。
貴方たちは長い間ずっと紡いできた絆をなんというか知っていますか?」
“腐れ縁そういうんですよ”
マスターは続けて話をした。
「どんなに離れても、決して切れない縁。
それは家族にも似た縁です。
例え貴方が好きだと伝えてもこの絆は永遠です」
マスターの言葉に卓は自分のポケットの中に入れていた絆のお守りをみた。
離れていても家族の絆が深まりますように
卓はずっとそのお守りを大切に持ち歩いていた。
この絆がちぎれてしまいそうな、そんな気がしていて離さないようにと・・・
「今のまま、遼さんをお見送り出来なかったら
きっとあなたは後悔すると思います。
だからちゃんと2人で会って話をした方が良い」
マスターはそう言うと、店の扉が開いた。
「マスター空いてますか?」
店の前には遼が立っていた。
その表情はどこか寂し気な顔をしていた。
「すみません。これからご予約のお客様が来られて
その準備がございますので、ちょうど卓さんで最後のお客様なんです」
「卓がいるんですか!」
遼の表情が一変して、すぐに店の中を覗いた。
奥の席でコーヒーを飲み終えた卓が座っていた。




