71.海斗の心
彼は誰からも好かれるいいやつだった。
最愛の人のために彼はいいやつの仮面をかぶり続けた。
71.海斗の心
俺はお調子者でクラスの人気者だった。
小学生では足が速く、
背も人よりも高かったし、
女の子からもモテてたし、男友達も多かった。
子どもの頃はすげぇ楽しかった。
皆、俺の事を慕ってくれたし、
何をしても俺の事を嫌いになる奴なんていなかった。
いじめがあればそいつを庇えばその子はいじめられなくなるし、
”俺は良いやつ“だった。
中学生になって初めて恋をした。
俺と仲良かった男友達。
かわいくってさ、
何をするのもあいつと一緒で、
こいつとなら一生いても良いと思った。
だから告白した。
そして俺はクラスの皆からハブられるようになった。
告白した友達はクラス中に言いふらして、
それがきっかけで皆からなぜか嫌われた。
別に男友達の事は恨んでないし、
告白したのだから広まるのも分かっていた。
ただ・・・ただ・・・ショックだった。
男が好き。
ただそれだけで今まで仲良くしてくれた友達は皆、無視をするようになった。
女子は俺のファンクラブがあったようだが
それも噂が広まった瞬間に消えた。
何も俺は悪いことをしていないのに。
俺はただ男に告白をしただけなのに。
そうか・・・普通の人間じゃなきゃダメなのか。
中学を卒業してから、
俺は内地へ逃げるように上京した。
北海道から東京の高校に進学した。
そこでは小学生の時のように俺は皆から頼られる人気者となった。
生徒会長になって皆が理想とする俺になり、
男を好きだということにフタをした。
“俺はここでも良いやつ”だった。
大学に入ってからも学生自治会で会長になり、
嫌う人など誰もいない理想の人間になった。
そして俺の視界から
色が消えた。
俺が俺でいられる場所を探して、
ゲイバーにも行ってみた。
かっこいい!
イケメン!
俺はここでも理想の男を演じた。
“ゲイにもモテそうだから、殻をやぶりなよ”
ゲイの仲間は皆そう言う。
ここでも俺の世界の色は消えたままだった。
そうやって生きてるうちに愛想笑いも得意になって、
何を俺に求めているのかも
おのずと分かった。
それをただ演じれば世界は
良い様に動く。
これでいい・・・
“悩んで悩んで悩み抜いた答えこそ尊い”
俺の世界を変えた男がくれた言葉
この瞬間、俺の世界がぱっと明るくなった。
卓と出会って、
初めてこんなに人を好きになった。
俺は彼に
今まで悩んで苦しんで生きてきた全てを話し、
俺に尊いと言ってくれた
そうか・・・彼のそんなまっすぐな所に惚れたんだ。
でも・・・
彼には大切な人がいた。
ずっと思っている人がいた。
応援することが卓にとって理想となる友達。
だから応援することにした。
俺は卓の事を愛してたから、
卓の幸せは俺といることじゃないから、
でも・・・でも・・・
彼の手を放すことは出来なかった。
一分でも一秒でも長く長く卓と一緒にいたい。
これが俺が悩んで悩んで悩み抜いて選んだ尊い決断。
俺が卓にとっていいやつでいるために、
もうあいつのそばにはいちゃいけない。
降りしきる雨の中、海斗は公園のベンチに座っていた。
雨が急に当たらなくなり、ポツポツと当たる音が聞こえてきた。
海斗は上を見上げると
傘を持ったずぶ濡れの卓がいた。
「やっとみつけた」
卓はそう言うと、嬉しそうに笑った。
「なんで来たんだよ!言っただろ!もう俺は卓と一緒にいるのが辛いって」
「うん聞いたよ」
「じゃあなんで?」
「俺と別れる時、海斗が辛そうだったから」
「俺は・・・卓の幸せならそれで良いんだよ!俺なんかいたら遼との仲を邪魔するだけだ!」
「海斗・・・自分の幸せを考えろよ」
自分の幸せ・・・俺の・・・幸せ・・
俺は・・・俺は!!
目が腫れて真っ赤になり
顔が火照り目から溢れてきた涙を頬に感じた。
「一緒にいたいよぉー」
海斗はそう言いながら卓の胸の中に飛び込んで
まるで子供のように泣き始めた。
雨がその音をかき消すように、一層強く降り始めた。
降りしきる雨の中、
卓は胸の中にいる海斗を見つめながら
海斗の心に触れた。
海斗はどこか掴めない人間でいいやつだけど、
今の海斗は違う。
きっと海斗はもっともっと・・・
「うちに帰ろう・・・」
卓はそう言うと海斗は泣きながら首をふり
「いやだ・・・ずっとこうしてる・・・卓の体あったかいぃ」
と胸の中にうずくまりながら言った。続けて
「俺さぁ嫌な奴なんだよぉ・・・
遼に振られて俺の元にくればいいのにって思ってるし・・・
卓といると自分の嫌な所いっぱい出てくるし、
そんな自分も嫌いだし、
卓は悪くないけど遼の話ばっかりしてたら嫉妬しちゃうし!
もぅ自分が嫌で嫌でしょうがない」
と海斗は自分の胸の内をさらけ出していく。
「そうやって溜まっていたものが噴出しちゃったんだね。
今回の事で分かったよ。
無理して良い奴を演じなくて良い。
俺にだけは素の海斗を見せてよ」
「でも面倒くさい人間だよ。俺は」
「人間なんて皆面倒くさいもんだろ。俺も相当面倒くさいし」
と卓は笑いながら言った。
卓が見せたその笑顔に海斗は救われた気がした。
卓といると、いつもそうだ。
俺の世界を明るく照らしてくれる。
心に覆った幕も全部取り除いてくれる。
「卓・・・俺のそばにずっと一緒にいてね」
海斗は胸の中でそう言うと
「すこやかなる時も病める時もってやつ?」
「そう!それ」
「それは約束出来ねぇなぁー、俺は遼の事も好きだもん」
「なんでだよ!俺振られたみたいじゃん!」
と海斗は立ち上がりながら言った
「まぁ・・・そういうことになるのか・・・でも俺も海斗と一緒にいたい」
「ぷっ!なんだよそれ!ずるいやつだな卓は!」
そう言いながら海斗は
さっきまで泣いていたのが嘘の様に笑い始めた。
「いいよ!分かった!俺は卓のそばにいたいからいる!
2番でも良い!友達としてお前の事絶対離さない」
海斗は大きな体で卓をぎゅっと抱きしめた。
もぅ絶対放さない。この手を・・・
海斗は誓うように卓を抱きしめた。
変わらず薄暗いどんよりした空が彼の眼には鮮明に映った。
うちにかえろ
卓はそう言うと海斗はうんと頷いた。
「ところでさ、傘なんで一本なの?迎えに来たのに・・・そしてなんでずぶ濡れなんだよ?」
もしかして傘持ってるのに傘ささなかったのか
「急いでたし、無我夢中だったし、走るのに傘さしたら邪魔だったし」
「ぷっ・・・おもしれぇ!卓ってそういう所が可愛いんだよ」
傘をささないで猛ダッシュしている卓の姿を想像して笑いがこみあげてくる海斗。
「笑うなよぉ!必死だったんだからなぁ」
そう言いながら卓はぷくっと膨れた。
「ごめんごめん!じゃあ傘に入れてもらおうかな」
海斗はそう言うと卓の傘に入った。
小さな卓が腕をあげて傘を差した。
ずぶ濡れの体で傘をさす不格好な2人を
激しく降る雨だけが知っていた。




