96.遼の心
96.遼の心
家に帰り俺は本を開いた。
卓が書いた小説は、登場人物の名前は違うが確かに俺と卓との物語だった。
物語の始まりは俺と卓との出会いだった。
幼稚園生の頃、福島に住んでいた俺は家の都合で千葉に引っ越してきて
一番最初に幼稚園で出会ったのが卓だった。
引っ込み思案な俺に声をかけてくれた最初の友達。
そこから少し話が進んで小学生になった2人の思い出話が展開されていく。
移りゆく季節の中で俺と卓の絆が築かれている様子が鮮明に書かれている。
中学生になって俺と卓は同じ部活に入った。
この頃から卓の間に嫉妬のような思いが募っていたことが書かれていた。
俺はその頃なんとも思っていなかった。
卓がこんな気持ちを過ごしていたのかと初めて触れた気がした。
俺が他の友達と遊んでいる事に嫉妬している姿とか今思えば想像できてしまう。
こういう奴なんだよな
あいつはいつだって自分の気持ちに正直で、
そして正直な気持ちにまっすぐに向き合ってた。
俺はどうだったんだろう。
物語を進めていくと、高校時代の俺たちの話がつづられていた。
俺はこの時初めての彼女が出来た。
あいつこんな風に彼女に嫉妬していたのか・・。・
でもなんとなくこの気持ちは分かる気がする。
上手くいえないけど・・・。
この時の俺は、
ただなんとなく俺の事を好きだと思ってる同じクラスの女子に
ただなんとなく告白して
ただなんとなく付き合ってた気がする。
長続きしないわけだな。
高校生のこの時の感情が恋愛だとはあまり思えない。
ただ周りに合わせてただけだった気がする。
彼女にも卓にも悪いことしたなぁ。
この本を通じて俺の気持ちが浮き彫りになっていくのを感じる。
なぜだかそれが恥ずかしくてみじめだと感じながら、
どことなく嬉しくもあった。
本当に俺と卓は同じ時を生きていたんだ、
と改めて実感させられる。
それほどまでに俺にとって卓は特別な存在だった。
さらに本を読み進めていくと、4年前の七夕のイベントの話になった。
そういえばあの時の短冊に彼女欲しいとか書いてたなぁー。
あれも本当の気持ちかどうか怪しい・・・。
高校生で付き合った彼女が最後で
あれ以来女性とは何もなかったし、
そろそろ彼女欲しいなぁと
ただ漠然とした願望だった気がする。
あいつの思いとは全然違う。
長い長い時間の中で培った思い。
好きという感情。
俺は誰かを本当に好きになったことがあるのか。
エッチしたいとか、そういう気持ちじゃなくて
純粋にただただその人を愛するという
むずがゆい感情を俺は抱いたことはあるのだろうか。
この物語の中で海斗に似た人物も登場していた。
彼もまた本当の恋をしていた。
叶わぬ恋をしている2人。
俺は今まで叶う恋しかしてこなかった。
だってその方が自分が傷つかないから。
あの時の彼女もそういえば、紹介されて
なんとなくノリで付き合ってた気がする。
卓の事は確かに凄く仲の良い友達だし
俺にとって確かに大事な人だ。
でも
男同士でキスとかセックスとかあまり考えられない。
男性と付き合うという事はつまりはそういう事もするという事になる。
両親や兄弟や周りの人にも理解してもらえるのだろうか。
そういうのを考えると男同士付き合うのは正直しんどい・・・
それに、
俺は女性が好きだ。
だから女性とキスもしたいしセックスもしたい。
わざわざそんな茨の道を歩む必要もないのだ。
卓の事は忘れる事が一番正しい道なのに
その道を歩んでいる自分が自分の本心では無い様に感じる。
そうか・・・これがリサが言っていた、
自分の気持ち向き合うということなのか。
俺の正直な気持ち
告白の時の俺はちゃんと卓の気持ち・・・
いや自分の気持ちと
向き合えていたのだろうか。
物語をさらに進めると、
徐々に俺と卓と海斗の3人の話にシフトしていく。
今まで俺と卓の2人の物語だったのに、
急に入り込んできた海斗に少しモヤモヤとした。
シェアハウスの引っ越しの時と同じ感情だ。
卓を初めて誰かに取られたと思った。
変な感覚・・・嫉妬・・・そうかあの時の俺は
海斗に嫉妬していたのか。
いつも一緒にいる卓が
急に離れた気がしたその瞬間に
胸がきゅっと痛くなったのを覚えている。
物語は終盤へと続いていく。
最後の旅行、絆のお守り。
今思えばこのお守りがあったからこそ
俺はこの本に出会い、卓の本当の気持ちに触れることが出来た・・・。
いやそうじゃない・・・
俺自身の気持ちに触れることが出来た。
卓の気持ちを通して自分の気持ちに触れたのだ。
この本の最後に卓の告白のシーン
この時の空気や体温や匂い・・・
卓の表情全て鮮明に消える事なく俺の中で残っている。
物語の最後はこう締めくくられている。
“こうして俺の初恋は終わった”
本をそっと閉じた。
窓を開けると夜空に輝く満点の星空が見えた。




