電子書籍配信記念番外 尋問官と英雄支持者
サディコフは自分の仕事道具を丁寧に手入れし、その日一日“仕事”がなかったことを残念に思いながら地下から地上への階段をあがった。
他国の間者や刺客に対し、どのような手段を使ってでも情報を吐き出させる。それが尋問官であるサディコフの大事な仕事だ。最近は英雄レイリンの名が国外にも広がっているようで、女性でありながら圧倒的な強さを誇る騎士の情報を求めて間者も多く入り込んでいるらしい。
今日は仕事がなかったが、間者や刺客が捕らえられる頻度は増えた。つまりサディコフの仕事も増えている。
(私もやりがいがあって、とてもイイですね)
レイリン様様といったところだろう。尋問はサディコフの趣味と実益を兼ねた仕事であり、やりがいも楽しみもあるものだ。一般的には忌避される仕事であっても、自分とっては天職なのである。
明日は実務的な仕事があるといい、なんて考えながら騎士団の敷地を歩いていると呼び止められた。
「尋問官殿、少しいいだろうか?」
「ええ、構いません」
声をかけてきたのは生真面目が服を着て歩いているような男、ロイド。事務的な関わりしか持ったことがない相手が自分に何の用だろうかと内心で首を傾げる。
「尋問官殿はレイリンをどう思っている?」
「レイリン殿を、ですか?」
唐突な質問内容に今度は実際に首を傾げる。彼がレイリンに懸想しているのではないかという噂ならサディコフでも耳にしたことがあるけれど、今や彼女は大魔導士ハウエルの婚約者だ。それを知らぬ者はいない。質問の意図が分からずに答えを返せないままのサディコフに、一枚の紙が差し出された。
「実は今、英雄レイリンを支える会を作ろうとしているところでな。同志を募集しているんだが」
「はい……?」
どうやら彼は妙な組織を作ろうとしているらしい。受け取った紙に目を通してみると、そこにはその組織に関する重要事項が記されている。
まずはレイリンに好感を持っていること。ただし恋愛感情を除く。それからレイリンを支えたいという思いがあること。それだけが会員の条件であり、国を背負う彼女に頼るばかりではなく、己の生活を犠牲にしない範囲で彼女の手助けとなることを心掛けていく――といった内容だった。
(……さすが英雄ですね。とても熱心な支持者だ)
サディコフとてレイリンのことは嫌いではない。尋問を嬉々としてやる変人の自分をあからさまに嫌悪する人間や怯えて距離を置く人間はいくらでもいるが、レイリンは同僚の距離感を保っていた。サディコフの趣味を理解できないからといって否定はしない。せいぜい苦笑しながら見ているくらいだ。
(私にとってもありがたい存在なのは間違いありません。彼女が活躍して、私の仕事が増えるなら大歓迎ですし)
自分にとっても数少ない、それなりに好意を持っている相手。こうして仕事も入らず退屈な日もあることだし、そういう時に何かしらできることがあるなら手伝っても構わない。
「いいでしょう、私もその会に入ります」
「そうか! ではここに署名をしてほしい」
差し出された用紙にサインをすればロイドは満足そうに頷いた。自分の前に居る人間が、このように明るい表情をしているのは珍しいことだ。
「では尋問官……いや、サディコフ殿。さっそくなんだが、今はレイリンと大魔導士殿の結婚式の準備をしていてだな」
「結婚式の準備、ですか」
「ああ。人出が足りないんだ。空いた時間がある時は手を貸してほしい」
何やら熱意の籠った目で準備する物リストやらいくつかの書類を渡され、時間がある時にここからこれまでを集めて欲しいと指示を受ける。彼にとってはサディコフの趣味も仕事も、レイリンを支える同志という肩書きの前ではどうでもよくなるらしい。
よろしく頼んだと笑顔で去っていくロイドを見送って、不思議な心地になりながら手元のリストを眺めた。
(……ふむ。私はあまり知られていない、路地裏の方の花屋へ声を掛けてみますか)
一体どれほどの規模を想定しているのか、結婚式の当日には国中の花をかき集めようとしている節がある。たしかに英雄と大魔導士の結婚となれば国民すべてが祝っても可笑しくはない。祝いに使う花はどれだけあっても困らないだろう。
ありったけの花を集めるために、できるだけの花屋に協力を呼び掛けるようにと記されているので、サディコフは他人が行かなさそうな花屋に行ってみることにした。
「え……尋問官殿がこのような場所に……一体何の御用で……?」
趣味で花を育て、小さな店を開いているだけの老人は不信感をあらわに店を訪れたサディコフを見る。そのような反応が当然だと思っているので特に気にならない。
「ええ、実は近々レイリン殿と大魔導士殿の結婚式を執り行うとのことで」
「あちらこちらの花屋にご協力をお願いしているのですよ。……こちらにはもうお願いが参りましたか?」
「ああ、レイリン様の結婚式ですか! 噂には聞いております! うちの花も是非、使って頂きたい!」
サディコフを不審そうに見ていた目は、レイリンの名を出した途端に輝きだした。サディコフへの疑心など忘れてしまったらしい。
協力店としてのサインを書類に書いて貰って、また日程など決まったら連絡に来ることを伝えて背を向ける。
「旦那、またのご来店を!」
振り返ると店主は笑顔で手を振っていた。自分に向けられることの少ない表情で、やはり不思議な心地になる。
サディコフは尋問官という仕事を気に入っている。嫌われ、恐れられる仕事であっても、人から避けられようとも気にならない。そもそもサディコフは“人の輪”というものの中に入ったことがなかったからだ。
(そんな私でも、レイリンの名の元であれば……同志、という訳ですか)
ふっと笑みが零れた。この国の結束は固い。たった一人で魔獣行進を退けた英雄。彼女がいれば、国の内側は自然とまとまるらしい。
サディコフのような逸れ者ですらいつのまにか輪に取り込んでしまう。その力は外国からすれば脅威であり、国内からすれば頼もしい。
(悪くない気分ですね。当日は、私も盛大に祝うとしましょうか)
はりきっているロイドの様子を思い出し、その気持ちをほんの少しだけ理解できた気がしたサディコフは、レイリンの信者への一歩を踏み出しているのかもしれなかった。
広がるレイリンファンクラブの輪。
一人でできる範囲が限られているので仲間を集め始めたロイド。初代ファンクラブ会長ですね。
本日より電子書籍の上巻が配信開始です。下巻は6/8より配信になります。
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