朱雀(Pt.1)
時間は現在に。今年の梅雨入りはやけに遅く、その分梅雨が明けるのも八月に入ってからだった。
ちょうど梅雨の明けたその日、時刻は夕方。二人のその日の仕事がそろそろ終わろうとしている頃のこと。固定電話が鳴り出した。
二人は何も言わずに顔を見合わせた。黒金は『今は手が離せない』という意味のハンドサインを送ると、やれやれとでも言いたげに呆れ顔をしながら火曜は受話器を渋々取るのだった。
「お電話有難うございます。こちら"コクヨー観光"です」
火曜は敬語で応対する。
「ふむ、君がカヨさんか」
電話の主はどうやら二人のことを知っているような素振りを見せた。
「何かご用でしょうか」
「ああごめんよ、黒金の方に変わってくれないかな。朱雀って言ったら通じる筈だから」
朱雀、そう名乗ったどこか他人を見下しているような声をした男を、火曜は怪訝に思いながらも、黒金を呼ぶことにした。
「貴方に用があるみたいだけど、朱雀さんだってさ」
「了解。替わる」
スザク、その単語を聞いて黒金の顔の色は変わっていた。
「黒金だ、それで何の用件?」
ぶっきらぼうに黒金は問う。
「冷たいなぁ、声を聞くのも久々だってのに……」
「お前が俺に用事だなんて厄介事しか有り得んからな」
「なぁに、君に手伝って欲しいことがあるだけだよ。カヨさんにもだから厳密には君たち、か。あっはっは」
朱雀は調子を崩さないまま話し始めた。
「早速だけど、"カワズの会"の事はご存知かな?」
「街の東側にある施設のことなら何となく。過去の世界がどうとかって感じの触れ込みの……」
黒金は確かにその名前に聞き覚えはあった。町の西側に大それた建物を構えた、時を司る神を信奉する集団。いわゆるカルト。それがカワズの会であった。
「話が早くて助かるよ」
朱雀は続ける。
「それじゃあ本題、カワズの会の会員リストと取引履歴が欲しいんだよね」
「そんなの持ってる訳ないだろ」
いくらそういう類のモノを売り物にしていると言えど、偶然、町の外れにあるカルトのそれを持っているとは限らない。当然のこと言えば当然のことではあった。
「だったら取りに行けば良いだろう?せっかく近場にあるんだからさ」
「まさか、乗り込むだとか言わないでくれよ」
「その"まさか"だったら?」
「はぁ………」
黒金はわざと聞こえるようにため息をついてから話し出す。
「彩葉町に戻ってくるにしても宿はどうする気だ?どうせ、俺の家に何日か泊まる気だろ」
「ああバレてた?それでもお宿代含めてしっかりお礼はするつもりだけど」
「お礼の内容を聞いても?」
「まあそれは追々、話せばわかるから」
朱雀ははぐらかす。
「言うがウチの魔法使いは金がかかるぞ」
「わかってるって。じゃあ明日からお世話になるから宜しく!」
「待てそもそも良いなんて一言も……」
電話は切られてしまった。
もう一度黒金が大きく深いため息を付いたところで火曜は話しかける。
「で、スザクって誰?」
「腐れ縁だ。時間が時間だから明日話すよ」
「ああ、そう」
火曜はそっけなく返事をした。
「でだ。明日は外仕事になりそうだが……」
「外って言ったって何するの?」
「ソッチがやる事は大方いつも通りなハズ。気にしなくて良い」
「しゃーなし、今回だけだから」
「そう言ってくれると助かる」
しばらくすると火曜は支度をして帰っていった。黒金が家に一人になっても外は夏故か、まだ少しばかりは明るかった。