第八話「テスト前日譚」
「たまには僕から質問しようか。君はなぜ、ここに来るんだい?」
「んー?僕が楽しいから。そうじゃなきゃ来ないよ。……本当だよ?」
「……君は本当に、優しいね」
遠い遠い記憶。あの時の言葉は偽りだったのか、本当だったのか……今ではもう、覚えてはいない。
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体育祭のあれこれから二週間が経った。体育祭は事件の次の日に改めておこなわれ、それなりに盛り上がった。ここの生徒はメンタルが鋼なんだろうか。
ちなみにアイリは襲撃の罪で投獄された。西国の汚点が生み出したものの一つなので、情状酌量の余地はあるだろうが。
「と、いうわけだ。わかったか?」
僕は今、授業中。もうすぐテストな生徒たちのために基礎から応用まで教えている。
優璃やアンジュは教師顔負けの知識を持ってるし、鏖忌や龍夜だって理解力は高い。飄々としている鏖忌やいかにも不良な龍夜がここまでやれるのは意外だった。人を見た目で判断してはいけない。いい教訓だった。プロミシアはいいとして、問題はユハとマツリだ。頑張っているのはわかるんだが、いかんせん不器用だからやりにくそうだ。
「先生~いい加減国語教えてくれませんか~?」
ギクッ
ニヤニヤしている鏖忌が目に入った。こ、こいつ……わかってるな! 僕が大の国語嫌いだということを! そもそもお前国語できるだろ! 成績見たぞ!
「鏖忌くん、いじわるは感心できませんよ」
「ごめんごめん! 数学教師に国語教えろってのもおかしな話だよね。ごめん、先生」
「い、いや……教師が生徒に教えられないなんて言えない! 明日は国語を教えるから覚悟しておけよ、鏖忌!」
「やべ……変なスイッチいれた、かも?」
「まったく、もう……」
何が何でもやってやる!
「国語の授業について教えてください!」
「え?は、はい……?」
「ありがとうございます」
というわけで、僕は恥もプライドもいったん捨てて、カメリア先生に頼みに行った。え?副担任なんだからカメリア先生が国語教えたらいいって? それだと僕の宣言が反故にすることななる。それはいただけない。
それにいい加減国語が嫌いだなんて子供みたいなこと言ってられない。
「じゃあ、これから喫茶店にでも行きませんか? そのほうが話しやすいですよね」
「ありがとうございます。教室は皆が使ってるから使えなかったんです」
そうして二人して外に出ようとしたとき、ぼそっとした独り言が聞こえた。
「ゴミ箱のゴミ風情が……」
……どこの場所でも、醜い人はいるもんだ。
「ここはこうなって……そうです。あ、ここはこうした方がわかりやすいかも」
「なるほど……ここがこうで……こうなるわけですね」
カメリア先生の話は分かりやすく、国語嫌いの僕にもよく分かるものだった。おかげで明日の授業は無事できそうだ。問題は優璃とアンジェだな。あの二人は教科の中でも国語が得意だったから明日は退屈かもしれない。
「ありがとうございます、カメリア先生。これで明日は大丈夫そうです。今度お礼しますよ」
「お礼なんて……今田先生が私にしてくれたことに比べればちっぽけなことですよ」
「……私、先生に何か特別なことしましたか? すみません、心当たりがなくて」
何か特別なことをした記憶はない。ムライマーの皆との橋渡しは多少したけど、それも大して効果はなかったし。
「今田先生が、今田先生だけが私を必要としてくれたから……だから、今田先生は私の特別なんです。……ごめんなさい。急にこんな……気持ち悪いですよね」
「そんなことない! ……僕は、ただ、そんな、特別なことなんかじゃなくて……」
僕がカメリア先生を必要としたのは僕がムライマーの担任で、彼女が副担任だったからだ。そうじゃなきゃ関わりなんてなかったかもしれない。僕が彼女を必要としたのはあくまでも偶然だ。特別なことなんかじゃ、ないんだ。
「……それでも、あなたが私を必要としてくれたことに変わりはないから。ねぇ、今田先生、お礼は入りません。代わりに一つだけ、お願いをしてもいいですか」
「もちろん」
「素のままのあなたで、私と接してください。名前も呼び捨てで。お願いします」
……? 一瞬判断が遅れた。そんなことでいいのか? もう既にネコ取れかけてるのに? 困惑のまま口を開く。
「そんなことでいいなら……改めてよろしく、カメリア」
「はい! 今田先生」
「……僕も、名前で呼んでほしい」
「え! でも……」
「いつまでも、名前が嫌いだなんて言ってられないから。カメリアだけ、な」
「っ! はい、ノンさん!」
名前で呼んでほしいって言ったとき、本当に嬉しそうにするもんだから……こっちまで嬉しくなってしまった。この人は、人を喜ばせる天才かもしれないな。
キーンコーンカーンコーン
「よし、今日の授業はこれで終わりだ。テストまでもう日がないんだから、しっかりな」
「いーちゃん! 今日の授業めっちゃよかったよ~」
「ならよかった。プロミシアは国語が苦手だったな。テストはいけそうか?」
僕がそう尋ねると、プロミシアは少し悩んだ後、パッと笑顔になった。
「平気平気~。アタシは天才だから。赤点は回避できるし~」
「それは平気といえるのか……?」
「平気だって! あそこで唸ってるユハっちとかマツリっちに比べればさ」
スッと目を向けてみれば、半泣き状態のマツリと親の仇のような目で問題を睨むユハの姿があった。……大丈夫か?
「大丈夫っしょ。なぁ、優璃」
「ええ。ここまで勉強したんですもの。二人も赤点は回避できるでしょう」
おう心読むのやめろや。いつの間にか現れた鏖忌と優璃に言われえた一言に気分が少し沈む。僕の授業、そんなに下手かな。ここまでやってやっと赤点回避って……。
「そんなことありませんよ。ただ2人とも基礎がまず出来ていませんでしたから。本人も不器用ですし。その点鏖忌くんは凄いよね。マツリさんと条件は同じなのに平均まで取れるなんて」
「学年一位に言われてもなぁ……嫌味にしか聞こえないぜ?」
「あれ、そんなつもりはなかったのだけれど、ごめんね」
「いやいや、冗談だって。本気にしないで?」
この二人は仲がいいんだろうけどお互い探っている感じがして落ち着かない。こんな調子でテストは大丈夫なんだろうか?
「大丈夫だって。先生心配しすぎ」
「大丈夫ですよ。ご心配なさらず」
「だから心を読むな!」