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母親のこと

そろそろ昼間も火の気が欲しい11月の半ば。

その日はルシファーも父親も登城の予定がなかったためのカリイナも交えて珍しく三人で一緒に遅めの朝食を取っていた。


なんの話題からか、話がルシファーの母親の話になった。

ルシファーは父親に初めて会った時から母のことを聞きたくてたまらなかったのだが、どこか聞いてくれるなという雰囲気を父親に感じ、今まで聞き出せずにいた。

なので自然な話の流れで聞き出せる時を待ち、今日に至る。




「そうだな、君にはもっと早くに母親の話をしてやらねばならなかったのだろうが、君にとっては愉快な話ではないだろうと思い、なかなか話す気にならなかった」


そう言って当主は食事の手を止め、軽くナプキンで口を拭いた後母親の話を始めた。


「私が生後間もない君を捨て子として孤児院に預けたいと話した時、彼女は反対しなかった。

あっさり君を手放した。

本当は泣いて反対した…と言ってやった方が君も嬉しいのだろうが…

嘘はつけない。


彼女はね、我が子を愛していなかったわけではない。

私を愛していなかったのだ。

私との間に生まれた子供だから君も疎まれたのだ。

彼女が嫌っていたのは私だけではない。

彼女が我が一族に嫁ぐ羽目になった原因である父親のこともひどく憎んでいた。

二人姉妹の自分の方を知らせの一族に差し出す決定をした母親のことも、紙一重で知らせの一族に嫁ぐ危機を逃れた妹のことも。

彼女は誰のことも愛していなかった。


15年前…

君が2歳くらいの時に流行りの風邪をこじらせて亡くなったのだが…

元々食が細く体力のなかった彼女は自分の体を丈夫にしようという努力もしてこなかった。

多分君の母親は自分自身のことも愛していなかったのだろう」


この話にさっきまでダイニングに流れていたのどかな空気が一変する。

話の内容もさることながら、ルシファーの父親が淡々と語る様もこの部屋の空気を冷やした。




それでか…


ルシファーは不思議に思っていたことの答えを知った気がする。

なぜこの家には母の肖像画が一枚もないのかという。


多分…

母が父を嫌っていたように父もまた母を嫌っていたのに違いない。


話はルシファーが期待していた内容とは違ったが、それでも彼はもっと詳しく母親のことを知りたかった。

母の妹は、母に似ているのか、どこで暮らしているのか、会うことはできないのかということも聞いてみたい。

けれど話を続ける様子のない父親にそれをねだるのは憚られた。




カリイナは十五年もルシファーの父親が一人で暮らしていたことを気の毒に思う。


寂しくなかったのかしら…

こんな広い屋敷にたった一人で。

ううん、屋敷の中だけではなく当主様は広い世間の中、たった一人で生きていらっしゃった。

ご両親も早くに亡くされたというし、ご兄弟も親戚もいらっしゃらない。

身内はルシファーたった一人。

本当はもっと早くルシファーをこの屋敷に呼び寄せたかったんじゃ…


そんなことを考えながらカリイナは再び食事を始めたルシファーの父親をいたわるような眼差しで見つめる。


あ、そういえば私も当主様に聞いてみたかったことがあった。




「あの…当主様、孤児院の運営者はルシファーが知らせの一族の子供だということ知っていたのですか?」


「いや、ルシファーが卒院する一週間前に私が連絡するまでは知らなかったはずだ。

私はこの子を捨てるとき、名前と誕生日のメモしか残さなかったから」


二人の会話を聞いてルシファーは「なるほど…」とひとりごちた。


「なにがなるほどなの?」とカリイナが彼に尋ねる。


「いや、もし父上がこの子を頼むと多額の寄付金などを寄せてくれていたら、もっと院の食事はまともなものだったろうと思って。

あの質素な食事は父上が完全に私を捨てた証拠だったのだなと思って」


ルシファーの言葉に対して父親は謝った。


「許せ。君に完全に我が一族の鎖から放たれた時間を過ごさせてやりたかったのだ」と。


ここでカリイナは父親に助け船を出す。


「当主様…同情は無用でございます…

ルシファーは厨房で働く若い未亡人に色目を使って自分のスープの肉を増やしてもらったりしていましたから…」


この言葉にルシファーは慌てた。


「ち、父上の前でなんてことを言うんだ!

カリイナの口から色目なんて下品な言葉が出てくるとは思わなかった!

いいか?あれはあちらから誘惑してきたんだ!

それに増やしてもらった肉は同じテーブルの子供たちと分けていた。サイコロほどの大きさだったが君にも分けてあげたことがあったじゃないか!」


カリイナに抗議するルシファーを眺め「ふうん、君はいろんな面で実力者だったのだねえ」と父親は珍しくからかうなことを言った。

微かに笑みを浮かべたその顔を見て、カリイナはなにか少しほっとしたのだった。

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