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コルセット

今日の日をカリイナは楽しみにしていた。


この屋敷に来てからはカリイナにも家庭教師が付き、上流階級の娘になるべく基礎学問や礼儀作法などを学んでいたのだが、その授業の一環で今日はルシファーと一緒に観劇に出かける予定だったので。


けれど、出かける間際、ルシファーに緊急の知らせの仕事が入り観劇マナーの授業は延期になった。


一人屋敷に残ったカリイナに「では、今日は新しいカードゲームを教えて差し上げましょう」と家庭教師は言う。

それに応じ、飾り棚にしまってあったカードを取りに行こうと彼女が椅子から立ちあがったのを見て家庭教師は訝しんだ。


「カリイナ…あなたコルセットを付けてないのでは?」


あ、バレた。とカリイナは体を縮こませる。


ルシファーやカリイナに礼儀作法を教えるミセスグレインは初老の厳しい人だった。

厳しすぎて超一流の教師であるにかかわらず、なかなか彼女に子女の教育を依頼してくる者がいない。

なので彼女は老後不自由なく暮らせるほど破格の家庭教師料を提示してきた知らせの一族の仕事を引き受けることにしたのである。


実はカリイナはコルセットが苦手で苦手で。

ミセスグレインに外出時はもちろん家の中でもコルセットをするように言われていたのだが、付けるのを避けていた。


ミセスグレインはそのことに対して憤慨する。


「信じられない!観劇に行くのにコルセットをつけずに行くつもりだったの?あなたは!」


その剣幕にカリイナは益々縮こまる。


「ごめんなさい…」


「私に謝まっていただかなくても結構!」


「…」


「いいですか?細いウエストはこれから子供を産める体である事の象徴なのです。

若い娘はそれを誇張しなければなりません。

結婚する相手がすでに決まってからといるいってウエストを細く見せることをサボってはいけません。

それに上流階級の女性が外出時コルセットを着けるのは社会が決めたルールなのです。


カリイナ、これだけは覚えておきなさい。

あなたの無作法はこの家の格を落とすことになるということを!」


この言葉にカリイナは震え上がる。

もう少しでルシファーや彼の父親に恥をかかせるところだったのかと思って。


この後もネチネチと絞られたのだが、カリイナはこのミセスグレインのことが嫌いではなかった。

他の先生たちとは違い、彼女は知らせの一族だからといって厳しく愛想がない態度をとるわけではなく、他の人たちにも同じような態度をとっているだろうと思うから。




その日ルシファーが帰宅したのは深夜。


宿直だったメイドが夕食を温め直して彼の部屋に運んできた。

メインディッシュの羊のローストは最上級の肉を使用していたのだが、辛い仕事の後なのでルシファーには美味しく感じられない。


彼はふと、カリイナの顔が見たいと思った。

会って言葉を交わしたいと思った。が、時計を見てさすがにもう寝ているだろうと諦めた。


ルシファーはセシルのことを恋しく思わなくなったわけではない。

けれど最近はカリイナが側にいてくれることのありがたさを感じることも多い。




一週間前の知らせはルシファーが今まで行った中で一番辛く感じたものだった。


女を巡っての若い兄弟同士の決闘。そして共倒れ。

それを両親に知らせに行った。

両親の子供はその兄弟だけだった。


それはつまり…


父親にはどんな愁嘆場に立ち会っても表情を変えるなとの指導を受けている。

が、この時は流石にもらい泣きしそうになり、それを抑えるのにひどく苦労した。


帰り道、いろんなことに耐えきなくなり馬車を止め、道端に吐いてしまい、近くのホテルで口をゆすがせてもらってから屋敷に帰った。


そんな彼をカリイナはいつも通りおかえりなさいと言って出迎え、落ちていた前髪をちょいちょいと直してくれた。


それだけ。

ただそれだけのことで彼の張り詰めていた神経は緩まってゆく。


セシルのように打てば響くような会話を楽しむことはできない。

けれど彼女にはセシルとは違う良さがあるような気がする。

ああ、やはり一目カリイナの顔が見たい…と思いながらルシファーは眠りに就いた。




ルシファーがカリイナと顔を合わせたのは翌日の朝食時。

彼の父親は基本一人で朝食をとるが、二人はいつの頃からか、どちらかの部屋で一緒に朝食をとるようになっていた。


おはようと部屋にやってきたカリイナを見て、ん?一回り小さくなってないか?とルシファーは思う。

しかもなんだか今日は食が進まない様子。


「カリイナ、なにか今日は元気が無くないか?」


この質問にカリイナが答える。


「う…ん、少し気になることがあって」


「何?言ってごらん」


「…昨日、ミセスグレインが言ってたの。

知らせの一族といえど王室の行事には、年に何回か出席しなければならないって。

夫婦同伴で出席しなければならないものもあるって…」


「ああ、なるほど。

君はそこで社交ができるか気になってしまったんだ」


「…」


「大丈夫だ。

私たちに話しかけてくる者などいないから。

ごきげんようと、一言言えれば充分だ」


ルシファーにそう言われ、カリイナはあからさまにホッとした顔をした。




ふふ、気になって寝れなかったんじゃないか?

すっかり元の内気なカリイナに戻ったな。

使用人解雇の際に眉を釣り上げていたときは彼女らしくなかったからな…


うん、あの時の奮闘は賞賛に値するが、こういうカリイナの方が落ち着く。

自分の知ってるカリイナだ。


彼女は小さいころから大人しく、人の輪から外れてひとりポツンとしていることも多かった。

だからといって自分やセシルが彼女をかまいすぎると周りの嫉妬を買ってしまい益々輪に入りにくくなる。

そのため表立って面倒をみることが憚られたこともあったのだが…


朝からからコルセットを付け食が進まないカリイナにもう少しお食べと勧めながら、ここでなら誰に遠慮することなく彼女をかまってやれるなとルシファーは思った。

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