屋敷にて
ルシファーの父親は屋外を好まない。
人の目のない自分の屋敷の庭でさえあまり歩く事はない。
そんな彼がこの日の夕方、珍しく一人庭を散歩していた。
ルシファーはもうリングヤードに着いただろうか…
そんなことを考えながら、父親は何気なく胸元に手を置く。
常に身に着けているため自分では付けている意識さえ無い銀のロケットが手に当たる。
彼は屋敷に戻る足を止め、それを取り出して見た。
リングヤードに出発する前のルシファーに欲しいと言われ、彼に差し出したロケット。
まるでひったくるようにルシファーはこれを手にした。
そして急いで蓋を開いて中に焼き付けられた絵を確認した後「これはあなたが持っていて下さい」と返してきた。
父親は何気なくそのロケットを開けたり閉めたりして手いたずらを始めた。
何回かそれを繰り返した後、パチリと派手な音を立て蓋を閉め、自分が生まれ育った屋敷を見上げる。
ルシファーがカリイナを屋敷に連れてきてから彼が18になるまでのこの一年を、父親は落ち着かない気持ちで過ごしてきた。
この国の高貴な身分の者たちから大きな犯罪を犯すものが出ないことをただひたすら祈った一年だった。
幸いなことにここ数年、妙齢の娘のいる貴族階級の者から極刑に処せられるような犯罪者は出ておらず、ルシファーがカリイナと結婚したいと申し出た時点では彼の花嫁候補となる娘はいなかった。
しかしルシファーが18になるまでの間に新たな謀反や凶悪犯罪を犯す者が出て、もしその者に娘がいて、その娘との縁談を王に勧められたら、慣例上それを断ることはできない。
実はカリイナの居場所についオルティス家からルシファーの父親に報告があったのは春頃だった。
けれど、父親はルシファーにそれを知らせるのを18の誕生日まで待つことにした。
ルシファーが結婚できる年齢になるまでの間に彼とカリイナを引き裂く運命が訪れないとは限らないと思い。
あの日、談話室で二人を叱ったことや、出ていったカリイナをルシファーに追わせなかったのは、ルシファーが王に勧められた娘と結婚しなければならなくなる可能性がゼロではないということを考慮してのことだった。
長かった。
この一年。
ルシファーがカリイナを連れ戻ったら速やかにオルティス家とカリイナの養子縁組を成立させ、王に婚姻の許可を申請しよう。
過去に一例だけそんな婚姻が我が一族に許されたことがある。
現王は前例主義者だ、それを持ち出せば許可を得ることは不可能ではあるまい。
とにかく急いで事を進めないと。
そんなことを考えながら父親はレースの見本帳を広げたままにしてある書斎に戻るために屋敷に向かって歩き出す。
彼はルシファーがカリイナを連れ帰ることを微塵も疑ってはいなかった。
『知らせの一族』おわり
長いお付き合いありがとうございました




