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月夜の孤児院

10月の美しい月がルシファーの育った孤児院を照らしている。


そんな夜、こっそり寝床を抜け出した男子寮の長であるマアクと女子寮の副リーダーのミオンは中庭の金木犀の植え込みの中、月明かりからも見回りのシスターからも逃れて寄り添っていた。


この孤児院は就寝時間後出歩くのは禁止されている。

ミオンは少々規則を破りがちなところのある女子だったが、マアクは真面目で、本来規則を破るような性格ではない。

けれど、マアクは好きになった女の子と二人きりで会いたいという思いが抑えられなかった。


彼らがこうして二人きりで語り合うようになったのはルシファーがカリイナを連れ去った後のことである。


ミオンはルシファーのことが好きだった。


ルシファーが卒院した後も、彼が知らせの一族の嫡子だったと聞かされた後もその想いが消せずにいたのだけれど、今はマアクの告白に応え、こうして二人の時間を持っている。




ミオンはお転婆だったので、上級生の男の子のグループによくついて回っていた。

子供たちだけで行くことを禁止されていた沢蟹取りなどにも。

ともすれば皆に遅れがちになるミオンをルシファーはいつも気にかけてくれていた。

はぐれた、と思っても必ず道の分かれ目にはルシファーが立っていた。

その集団にルシファーがいる限りミオンは安心してそこに所属することができた。


ミオンはずっとルシファーを目で追っていたので彼がセシルを好きなことに早いうちから気づいていた。

と、言うかこの院の人間はみんなセシルが好きだった。

明るくて、親切で、誰にでも公平で、美しい。

なのに優等生臭さが少しもない。

一緒にいるだけで周囲を幸せにする魅力に溢れた女子なので。


ほんとにどんな女の子もセシルにはかなわない。

もしこの孤児院にセシルがいなければ…

セシルがいなければきっとルシファーは私を恋人に選んでいたはず。

だって彼はよく通りすがりに気軽に私の肩をたたいたりほっぺたをつねったりしてたもの。


その考えがはじけ飛んだのはルシファーがこの中庭に飛び込んできたあの日。

縄跳びをして転んだ子供の擦りむいた膝を見てあげていたとき、ルシファーが突然表れ、セシルに手を差し出した。

けれど、セシルはその手を取らなかった。


その後ルシファーは中庭の隅にいる私に目をくれることもなくカリイナに近づき、そのまま彼女の手を引き走り去って行った。

私はそれを見てひどく傷ついた。

もし、ルシファーが連れ去ったのがセシルだったら、納得して見送ったと思う。


なんでカリイナなの?

確かにきれいな娘ではあるけれど、大人しすぎてルシファーには合わない気がする。


考え抜いた末に、ああそうよ、とミオンは思い至る。

ルシファーはきっとどの女の子も同じように好きだったんだ。私のこともカリイナのことも。

ただセシルだけが特別で。


だとしたら…

セシルに断られたルシファーがカリイナを連れて行ったのはちょっとした偶然に過ぎない。

あのとき選ばれなかったからといって、私は傷つく必要はない。





「ミオン、何を考えているの?

ルシファーのこと?」


そう声をかけられてハッとする。

ルシファーのこと考えるのは彼にとっては面白くないことだろうな、と思いつつもミオンは正直に話す。


「うん、なんでルシファーはあの日カリイナを連れていったのかなって考えてた」


「そうだね、ルシファーがカリイナを好きなように見えたことは一度もなかったけど」


「でしょ?それに…どうしてセシルはあのときルシファーを拒否したのかしら」


「うん…」


「いくらルシファーが知らせの一族だからと言っても、ルシファーはルシファーでしょ?」


「うん…彼は変わらない彼だろうけど、セシルにとって彼と描いていた未来は全く別のものになってしまうことは間違いない。

セシルの夢を知ってるかい?

ははっ、この村の村長だよ。

でも彼女ならゆくゆくはなれそうな気がしないか?

けれど知らせの一族に嫁いでしまったらそれは無理だろう。


それにしても…ルシファーが知らせの一族の嫡子だったとはな…

未だに信じられないよ」


「そうね…

私、夏なのに長袖の上着を着て、頭を綺麗に撫で付けたルシファーを見て、一瞬誰だかわからなかった。

小さい子たちもきっとそうよ。

あの時ルシファーの元に駆け寄らなかったのはあれがルシファーだって気づかなかったからよ」


「そんなに違ってた?」


「うん、ここにいた頃の前髪垂らして半袖のシャツを肩までまくりあげていた彼とはまるで別人だったわ。

ルシファーやカリイナは今頃どうしているのかしらね」


そう言ってミオンは都の方の空を見上げる。


「あ、そういえば…

今日手伝いに行った金物屋のおじさんに変なことを聞いたんだ」


「え、なに?」とミオンが興味深かげに尋ねる。


「つい最近教会の下働きになった女の人がやたらうちの孤児院のことを聞いてくるんだって」


「ああ、知ってる。あのきれいな人。行方不明になったお父さんを探すために働きながら旅をしてるんだってね。

その人がなんでうちの孤児院のことを?」


「さあ…?

なんか教会に来るここの卒業生にも色々ルシファーやカリイナのことを聞いているらしい」


「え…?なんなのかしら、なにか気味が悪いわ」


「しっ、シスターの見回りだ!」


二人はシスターの足音を聞き、慌てて茂みの奥に隠れる。

そして行き過ぎたのを見届けてから、それぞれ自分の寮に帰って行った。


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