泣き顔
ルシファーは自分がした行為にひどい後悔を感じている。
まるで拾った子猫が自分に懐かないことに腹を立て、蹴りまわして虐めている子供のようなことをしてしまった、と。
そして地面に倒れているカリイナの背中に頬を乗せて泣いている自分を滑稽に思う。
「僕は…君を追い詰めて泣かせたかったのに、なんで自分が泣いてるんだ…」
父にカリイナの居場所がわかったと聞かされた時。
少しも嬉しくなかった。
ただ複雑な気持ちがして。
会いに行く気にもなれなかった。
けれど、では自分が様子を見に行ってくるという父の言葉を聞いた瞬間、それは嫌だと思った。男の本能で。
ここに来るまでの道中で味わってきた憂鬱。
それはきっとカリイナは周囲に馴染めず、困った顔をして暮らしているだろうと思っていたから。
なぜか暗い部屋で一人ポソポソと食事を取る場面ばかりが頭に浮かんでいた。
そんなカリイナを見るのはつらいが、自分は知らせの一族を終わらせるために独身を貫く決意をしたから、君が辛い思いをしていても手を差し伸べてやることはできない。
ただ今の様子をさぐり父に報告するしかないと考えていた。
けれど…
あの笑顔やくつろいだ後ろ姿を見て、君がここで幸せに暮らしていることを知り、ああ父を安心させる報告が出来る、さあ屋敷に帰ろうと自分では農園を出て馬車に戻るつもりで歩き出したのに、なぜか足が勝手に君の元に。
あのとき自分を支配していたのは怒りだった。
僕は君が仲間に囲まれて楽しそうにしていることが許せなかった。
もう僕に引っ張られることのないように髪を短くしてしまっていたことも、この明るい日差しや農園を漂う甘い桃の香さえも僕を苛立たせた。
何か悔しくて悔しくて。
僕も君なんかいなくても全然平気だったのだということを知らしめたい。
そんな気持ちからあんなことを…
リンカと結婚すると言ったのは咄嗟についた嘘だ。
会話の途中で君が屋敷を出たのは僕を嫌ってのことではなく、僕を思うが故の行動だったのだと気づいた時、そのいじらしさと愚かさに泣けてきた。
それと同時にこの嘘は君を痛めつけるのに有効だと確信した。
一旦君を懲らしめたいと暴走した気持ちを自分の意思では止めることができなかった、君がこんな風になるまで。
だって、君がいなくなった後僕は食べ物が喉を通らなくなりすっかり痩せてしまい、その後どんなに食べても元の体型には戻れないのに、君はあんなに幸せそうな顔をしてじゃがいもに食らいついていたから。
カリイナのくせに…
カリ…イナの…
正座して上半身だけカリイナの背中の上に突っ伏していたルシファーは急にむくりと体を起こし、滲み出てくる涙を袖で拭った後、何か腑に落ちたように言う。
「ああ、カリイナ。今気づいた。
子供の頃から今まで一度も君の泣き顔を見たことが無いってことに。
君は本当は強い人間なんだな?」




