リンカの処遇
話を少し過去に戻す。
覚えているだろうか。ルシファーが家出した日のことを。
あの短い家出の翌日、ルシファーが父に告げたリンカの処遇はこうだった。
「ライアをこの屋敷で働かさせるのならば、リンカはこの屋敷から離れた遠くの土地で暮らさせます。
私は彼女が可愛がっている弟とこのままここで寄り添って暮らしていくことが許せません。
父上のご心配通り私はリンカに心惹かれる部分がないわけではない。
一体彼女のどこが自分の母親に似ているのかも気になります。
が、だからといって彼女を自分の伴侶に選ぶつもりはありません。
今決めました。
私は独身を貫こうと思います。
なぜなら私の代で知らせの一族を終わりにしたいから。
こんな不幸な生き方をしなければならない一族の子孫を残したくない」
この言葉に父親はかすかにうなずいた。
「ルシファー…
私も君ぐらいの年に全く同じことを考えた。
妻との間に子はもうけず、私の代で終わらせようと。
けれど両親が立て続けに他界し、迎え入れた妻とは心が通わず、私は救いのなさから、それならばせめて自分の子供が欲しいと思うようになった。
…私でさえ。
今、私には君がいる。
そして君には私がいる。
けれど私は先に死ぬ。
その後の孤独に君は耐えられるか?
世間に受け入れられることのない知らせの一族として一人で生きていくことに」
父にそう言われたルシファーの胸には優しげなフロリナ王女の面影が蘇る。
彼女が示してくれた自分への親切。その根底にはフロリナ王女の父へのシンパシーがあったからではないだろうか。
目に見える交流は持てなくても、どこかでひっそり知らせの一族に同情してくれている人間は皆無ではないような気がする。
知らせの制度にくだらなさを感じている人間もきっといる。
「…考えが甘いと笑われそうですが。
時間をかければこの先私は友人を持てそうな気がするのです。
もし…
もしそれが叶わず父上が亡くなられた後ひとりぼっちになって、その寂しさに耐えられなくなったその時は…」
「その時は?」
「父上が集めてらっしゃる宝石を持ってこの国から脱出します。
遠く、遠くの文明のない国まで逃げて行き、宝石を売った金で近所の人たちに酒でも振る舞って、そこで人気者の老人になります」
「…君のその前向きな性格が羨ましいな…」
呆れるような、感心するような父親のつぶやきであった。
「ではこうしよう。
ライアに任せる仕事は2、3年で終わるだろう。
仕事が終わった時、ライアも母親と共にリンカの暮らす土地に向かわせよう。
リンカの犯した罪の償いはその間の孤独ということでどうだ?」
たった二、三年、家族と離れ離れになることを孤独と言うのだろうか…
甘いような気もする…
そう感じたが、あまり意地の悪いことを言わない方がいいだろうと思い、ルシファーは父の意見に同意したのだった。
リンカが遠くに旅立つ日の朝、ルシファーは自室にて彼女と二人きりで話をした。
「リンカ、正直私は君が嫌いではない。
君の感情的なところも、その可愛らしい顔立ちも、魅力的な体型も。
何より行動力のある君と私は波長が合うような気がする」
あまりにもまっすぐ自分を見つめて話をするルシファーの瞳に、リンカは得体のしれない大きな力を感じ、どこかに流されそうになる。
それに抵抗するように彼女は思いきり足を踏ん張った。
「もしカリイナを屋敷に連れて来る前に君と気軽に話せる仲になっていたら、私と君の運命は変わっていたかもしれない。
けれど今となっては私は君を側に置いておくわけにはいかない。
なぜなら君にはカリイナの影が付き纏っているから。
私は本来とても切り替えの早い人間なんだ。
一人でいればカリイナを思い出すことはない。
忘れていられる。
けれど君と一緒にいると楽しさを感じると同時に、どうしてもカリイナを思い出す。
あ、誤解しないでくれ。
カリイナが恋しくなって辛くなるという意味で言ってるわけじゃないんだ。
彼女が居なくなった時、私はその喪失感に激しく動揺し苦しんだ。
が、今でもあの時と同じように彼女を想っているかと聞かれたら…
そうでもないような気がする。
私は何かをあきらめてしまった。
でもだからと言って君を自分の伴侶として選んだらそれはあまりにも彼女がかわいそうだと思う。
私の勝手でこの屋敷に連れてこられて、君の思惑どうり屋敷を出ていったカリイナが。
あの性格だ。
きっとどこにいても幸せには暮らせていない…
私が君を選ばないのは、あの日、私の手を取ってくれた彼女に対する仁義のようなものだ。
まあ、そういうことは別にしても私は一生独身を貫こうと思っている。
それには目的がある。
私の父は賢い人だと思うが思考が停止している。
あの人は嫌がりながらも知らせの一族である自分を肯定して生きているようにも見える。その役割に酔っているのではないかとすら感じるときがある。
けれど私にはこの一族の存在がひどく下らなく感じる。
多分、大昔には知らせの制度は何かしら国をまとめるためには意味があった制度なのかもしれない。
けれど、国も安定し、反逆分子もほぼいなくなった現代では全く不必要な制度だと思う。
私は無意味なこの一族の存在を消滅させるために、知らせの一族の最後の一人としてこれからは生きていこうと思っている。
だから…君とは…」
リンカはそれ以上ルシファーに言葉を続けさせなかった。
彼の言葉にかぶせるように早口で言った。
「何を独りよがりに蕩々と語っているの?
あなたと私の運命は何があっても変わらなかったと思うわ。
なぜなら私はあなたのことが大嫌いなんだから!
ね、思いあがるのもいい加減にして。
なに?まるで私があなたとの別れを悲しむみたいなその言い方。気持ち悪い。
ほんとうにおめでたい人ね。
私、あなたのような勘違い男が一番嫌いなのっ!
ただ…
弟の件や母のことに関してはお礼を言うわ。
色々ありがとう」
リンカは深々と頭を下げた。が、その後はルシファーがこの屋敷に来たばかりの時と同じように感じの悪い態度を取って部屋から出て行った。
そんな彼女を見送りルシファーは一人笑う。
やはりリンカはリンカだなと。
ルシファーの部屋を出て最後の挨拶をするのために当主の部屋に向かうそのわずかな時間、リンカは廊下を歩きながら少しだけ泣いた。




