真夏の桃園
盛夏。
その夏1番の暑い日。
桃園で収穫の作業していたカリイナは昼の休憩に入っていた。
この日は雇い主から差し入れのある日で、皆に茹でたじゃがいもが提供されていた。
ミコ婆さんの下宿屋で暮らす女たち四人は桃の木の下で輪になり、カゴに盛られたじゃがいもに手を伸ばしている。
暗黙のルールで一つを完全に食べ終わるまでは次のじゃがいもには手が出せない。
皆無言でガツガツと食べた。
もちろんカリイナも。
カリイナはいつのまにか同じ下宿の女たちと馴染んでいた。
きつい労働に共に携わっているうちに、周囲の女たちもカリイナを仲間として認めるようになっていた。
もしヒースが自分の気持ちの赴くまま、彼女を特別扱いしていたらこうはいかなかっただろう。
汗をかいた労働者には塩の効いたじゃがいもがそれはそれは美味しく感じる。
夢中で食べて喉の渇きを覚えたころ水筒の水をがぶ飲みする。
普段飲む水と同じとは思えないほどこれまた美味しい。
カリイナはこの瞬間、生き物として幸せだった。
ここにきて女たちはやっとおしゃべりを始める。
すでに空腹は満たされていたけれど、カリイナはもう一つ食べようと思い小さいじゃがいもを選んで手に取った。
その様子を少し離れた木の影からルシファーは見ていた。
彼はリングヤードまでは馬車で来た。
馬を飛ばしてきた方が早いのだが、長旅を共にするほど馬には慣れていない。
本来知らせの一族の移動は一族の紋のついた馬車を使用しなければならないのだけれど、いろいろなことを考慮し身分を隠し一貴族の旅を装いその街その街で馬車をチャーターしてここまで来た。
桃園の入り口付近でここの責任者であろうと思う農夫に少し桃園を見学したいと申し出た時、農夫は一瞬怪訝な顔をしたが、どうぞ、と言ってそれを許した。
その居住いからルシファーのことを都から王の勅命を受けて地方を内密に視察している貴族とでも思ったのかもしれない。
実際そういう者は存在していたので。
こうしてルシファーは難なく父親に教えられた農園に足を踏み入れることに成功した。
今はちょうど昼の休憩中らしく、ここで働く農婦たちは昼食を取るために広い果樹園内のあちらこちらで小さなグループを作っている。
カリイナは仲間に入れずひとりぼっちで昼食をとってるような気がする…
そんなことを思いながらルシファーは果樹園の広さや桃の出来具合を観察するようなふりをして彼女を探す。
けれど一人で昼食を取っている娘などいない。
もしかしたらこことは別の場所にいるのかもしれないと思い、ルシファーは来た道筋を戻ろうとする。
その途中、四人の集団の中の一人の娘の後ろ姿に目が止まった。
あ?
いや、カリイナではないな…
彼が目に留めた娘はカリイナだったのだが、雰囲気が随分変わっていたのでルシファーは気づかなかった。
少し歩いてから彼は立ち止まる。
やはりさっきの髪の短い娘が気になり振り返る。
娘は横に置いてあった水筒を取るため体を捻った。
その時彼女の横顔が見えた。
カリイナだ…
カリイナだ!!
ルシファーはカリイナのいる集団からは見えないように彼女の斜め後の木の影にそっと隠れ、そこからカリイナの様子を伺った。
カリイナは水筒の水をコップに注ぎ勢いよくそれを飲んだ。
水を飲み終えるとカゴに盛られたじゃがいもを物色し始め、そのなかの一つを手に取った。
周りの女たちと二言三言、笑顔で言葉を交わしながら。
その様子が、ルシファーにはとても幸せそうに見えた。
初めて見るカリイナの屈託のない笑顔。
ルシファーが知っているカリイナはどこにいても何をしていても常に遠慮がちで緊張している雰囲気があったのだが、今はまるで違う。
カリイナは…
ここで仲間を作り幸せに暮らしているのか…
ルシファーは思わず天を仰ぐ。
そしてその後また彼女の様子を眺めていたけれど、しばらくすると、帰るか…と力なくつぶやき、歩き出した。




