灯が点る
明け方近くにやっと眠りに着いたカリイナは孤児院で暮らしていた頃の夢を見た。
孤児院に入った6歳のカリイナの周りにはわらわらと院生が寄ってきた。
なにかと面倒を見てくれようとする者、最初から意地悪をしてくる者、カリイナが集団の中でどのくらいの位置に落ち着くのかを値踏みする者。
いきなり大勢の人の中に放り込まれたカリイナは多くの院生が望むような対応ができない。
優しく接してくれて上級生たちも、カリイナのレスポンスの悪さに次第にかまってくれなくなっていった。
ただ同い年のセシルだけが、飽きることなく面倒を見ようとしてくれていた。
「カリイナってお人形さんみたいね。
可愛くって大人しくて」
これはカリイナがセシルからの問いかけに答えられなかったときに必ず言われていた言葉。
これを聞くと上手に話せない私のことをセシルは怒ってないんだと思いカリイナはほっとする。
ルシファーはカリイナが来たばかりの頃はうるさいくらい付き纏ってきたが、しばらくすると多くの院生と同じように飽きて特にカリイナを意識しなくなっていく。
だからと言ってカリイナを無視するようなことはなかった。
通りすがりに肩を叩いてきたり、グループ学習で同じ班になった時にはあれこれ話しかけてきたりしてた。
孤児院の裏山に薪木拾いに出掛けた時などは、時間までに課せらた量を集められなかったカリイナに自分が拾った薪木を分けてくれたりもした。
そのためカリイナは引率の用務員さんに怒られずに済んだことが何回かある。
けれどこういうことはカリイナだけが受けていた恩恵ではない。
ルシファーは誰かに困ったことが起きたときにはそれが当然のように助けていた。
とにかく常に人と絡んでいるというのがカリイナのルシファーに対する印象。
上級生からも下級生からも好かれていたセシルは人の輪の中にいることが多かったが、一人でいることも好んだ。
それに比べルシファーは一時も一人ではいたくない人だとカリイナは感じていた。
先生に怒られるような行為や、上級生の機嫌を損ねるような行為はスキンシップを得るためにわざとしているのでは?と思ったことがある。
ルシファーにとって先生に叩かれることや、上級生にこづかれることは自らが欲していることなのだ。
最初はルシファーのことがなんとなく苦手だったカリイナも時が経つにつれ彼を頼りにするようになっていく。
けれどそこにはまだ女の子が男の子に抱く好きという感情ははなかった。
カリイナがルシファーに恋をするのは孤児院に入ってから六年目、12歳の時こと。
流行り病にかかり、一週間ほど隔離されていたカリイナは回復後久しぶりに食堂で食事をとることを許された。
一週間ぶりに食堂にやってきたカリイナを誰一人として気に留めない。
多分皆カリイナが一週間食堂に顔を出さなかったことにも、今久しぶりにここにいることにも気づいてないのだ。
この時セシルはカリイナのすぐ後に同じ病を発症し、隔離されていた。
カリイナが席に座ろうと、椅子を引いた時、ルシファーが後ろを通りがかった。
「あ、カリイナ。病気治ったの?」
そう一言声をかけて自分の席に向かう。
それは彼にとっては何気ない一言だったのだろう。
けれどこの一言がカリイナはとても嬉しかった。
カリイナは薄暗い食堂が急に明るくなったような気がした。
あ?不思議と彼女は思った。
その時はよくわからなかったけれど、後から考えればそれがルシファーを好きになった瞬間だった。
ルシファーへの恋心は、父親が出て行った日のあの薄暗い部屋に住み続けていたカリイナの心を、今いる場所に引っ張り出し、現実の世界を生きていくための心の灯となったのだった。




