ネギ畑で
カリイナが農作業に従事することになったヒースの父親がスミス家から買い取った農園は彼がもともと所有していた土地と土地との間にある。
なのでたまにカリイナは、農道でヒースと顔を合わせることがあった。
そんな時は二人とも軽く挨拶するだけで特に言葉は交わさない。
けれどカリイナはヒースの姿を見るだけでなんとなく安心する。
その後しばらくは気分良く過ごすことができた。
彼女の生活はとにかく貧しかった。
給金は食費と下宿代を払う分をもらい、後は一年後にまとめて受け取るようにヒースの父親に積み立てをしてもらっていたので。
ミコ婆さんの下宿にはパンを焼く窯はない。
そのためカリイナは小麦を水でねったものを茹でて主食にし、農作業で出たクズの野菜を煮ておかずにしていた。
孤児院での食事よりずっと貧相である。
食事の面での楽しみは、週に一度だけ雇い主から昼に提供される、芋類を茹でたものや、パンなどであった。
あまり食べ物に執着のないカリイナだったが、彼女もこの芋やパンをいつの間にか楽しみするようになった。
とにかく少しでも多く食べないと肉体労働は続かない。
この週に一度の食べ物の差し入れはカリイナが働き始める前からのこの農園の習慣である。
ヒースの父親は安い賃金で、生産性を上げるには労働者のモチベーションになるものが必要だと考えた。
それにはわずかばかりの賃金の上乗せより、労働で減った腹を満たせる現物の食べ物の支給の方が効果的だろうと判断した。
彼の狙い通り、週に一度だけでも昼にお腹いっぱい食べられる幸せは労働者たちの賃金の安さへの不満を和らげていた。
ヒースはカリイナのことが気にならなかったわけではないのだけれど、両親が妙な心配をしていることがわかっていたので変に誤解されてやっと落ち着きかけたカリイナの居場所を奪うことになってはかわいそうだと思い、父親には一切カリイナの近況などを尋ねなかった。
もちろん彼女の働く様子を見に行ったこともない。
ただ一度だけ、ネギを収穫している現場でネギをまとめるための紐が足りなくなったと言うのでそれを届けに行ったとき、極寒の中カリイナがネギの根についた泥を洗っている姿を見かけたことがある。
無心でネギを洗う彼女の姿を見て切なくなった。
何かひどく痛々しく思えて。
冷たい風が吹きつけていた。
思わず風上に立ち、彼女をその風から守ってやりたい気持ちになる。
けれどヒースはカリイナに声すらかけず、その場を立ち去った。
それがヒースのカリイナに対する思いやりの示し方であり、また事情のありそうなカリイナを雇ってくれた親への誠意でもあった。
そんなヒースの最近の楽しみは週に一度配布される昼食を労働者と共に食べること。
フスマなどを混ぜた硬いパンにかじりつき、ああカリイナも今頃これを食べてるなぁと思う時、彼はささやかな喜びを感じるのだった。




