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居場所

カリイナを置いてくれるよう下宿屋のミコ婆さんと交渉したヒースはカリイナと一緒に下宿小屋に入って行こうとしたのだが、婆さんにその部屋は男子禁制だよと怒鳴られ歩を止めた。


「カリイナ、じゃあ僕はこれで」と言ってヒースは小屋の前でカリイナに小さな麻の袋を手渡す。


のぞいてみればそれにはくるみや氷砂糖が入っていた。


「ヒース…さん」


さりげない心使いがカリイナの心に染みる。


「ここ、ボロいけど、うちに出稼ぎで働きにくる農婦も使用しているところなんだ。

君はなんとなくかわいそうな感じのする子だけど、だからと言って贔屓はできない。

それかわり他の農婦以下の扱いもしない。

見たところ肉体労働向きじゃなさそうだど…

頑張りな?

頑張って一年働けば、君に嘘ではない職歴ができる」


最後の一言にカリイナはギクリとした。


穏やかでまるで何も考えていないような感じかをするヒースだが、実はとても鋭く賢い人ではないだろうかと思い。


…そうか

だからあのレインとも仲が良かったのだ。

ヒースは何かを察した上で私に親切にしてくれている…


あ…

だからこそ私はこの人やこの人の家族に迷惑をかけてはいけない。

知らせの一族に関わりのあった者だと誰にも知られてはいけない。


カリイナはこの時自分の過去のことについては決して語るまいと強く決意した。

だから夕方部屋を訪ねて来てカリイナの素性を聞き出そうとしたミコ婆さんにはこう言った。


「ごめんなさい。

私は孤児院を出てからのことは語りたくないんです。辛いことがあったんです…どうぞ察して下さい」


あまりにきっぱりカリイナが言ったものだからミコ婆さんはそれ以上粘れなかった。


「…ああ、わかるよ。美人が楽して生きていけると思うのは世の中の間違った偏見だからね。

私も若い頃はかなりの美女だったからそれ故の苦労はしたもんさ。

だからあんたにどんなことがあったか察しがつくよ」などと言って彼女は部屋を出て行った。




ミコ婆さんの下宿屋はボロいという表現を超えるほどのボロさ。


それもそのはず。

それは婆さんの家の隣に建てられた物置にベッドを四つ入れただけのモノだったのだから。


狭い四人部屋の一つのベッドがカリイナに与えられた私的なスペース。

今は農閑期なので下宿人は他におらず当分この部屋でカリイナは一人で暮らす。


部屋には一口だけの小さな窯が据えられている。その上には古い鍋が一つ。

横に置かれた籠には数種類の食器が入っていた。

窯は部屋を温めるストーブとしても使われる。

けれど、そこに薪はない。

薪は自前で用意しなければならない。

もしくはミコ婆さんから買うか。


前の住人が隙間風を防ごうとしたのか木の板を打ち付けた壁の隙間には紙やボロ布からが押し込まれていたが、冷たい風はそこを悠々通り抜けていた。


ミコ婆さんから割高で買った薪でお湯を沸かしそれに氷砂糖を入れて砂糖湯を作る。

それとくるみがこの日のカリイナの夕食。


暗くなった部屋でカリイナはランプに火を点し、ベッドの上で薄い布団くるまってカバンからジュディにもらった地図を取り出す。


ここが孤児院のあったN村…ここから知らせの屋敷のあった都に行き、この街でレインに助けられ、ここでジュディと別れ、リングヤードのF村に…と、自分の移動の軌跡を指でたどる。

そして今度は今いるリングヤードから逆にN村へ戻る。


…ルシファーはもうセシルを迎えに行ったかしら。

屋敷で二人仲良く暮らしているかしら。

私のことを話題にすることがあるかしら。


カリイナには可哀想なことをした…

彼女もどこかで幸せに暮らしていてほしい…なんてことを。


大丈夫よ、ルシファー、セシル。

一年という期限はあるけど、私は自分の居場所を見つけたわ…


カリイナは丁寧に地図をたたみ始める。

明日から朝早くから働くことになる、もう寝なければと思いながら。




カリイナがミコばあさんの下宿屋のベッドの上で薄い布団に包まり寒さに耐えていた頃、夫からカリイナをうちで雇うと知らされたヒースの母親は激怒していた。


「もうっ!そんな風になるんじゃないかと心配してたのよっ。

どうしてあんな役に立ちそうもない子を雇うの!

今は農閑期なのに!」


「ヒースがなぁ…

気にかけてしまっていたから…」


「だからこそイヤなんじゃない!」


母親は半泣きである。


「でもなぁ…ヒースは言い出したらきかないところがあるから」


「もしあの子と変な仲になったらどうしてくれるの!」


妻の剣幕にヒースの父親は辟易とする。


「ああ見えてモノのわかった男だ。

そういうことにはならないと思うが…」


のらりくらりと怒声をかわす夫に、どうして男というのは若くて綺麗な娘に甘いんだろうとヒースの母親の怒りは倍増する。


ヒースの父親は若い娘に甘いのではなく、結婚12年目にやっと生まれてきた、たった一人の息子に甘いのであった。

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