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父親の心配

早朝、ヒースは屋敷裏の家畜小屋の掃除をしていた。

これは彼の日課である。


そこに珍しく父親がやってきてヒースの作業の手伝いをしだした。

ヒースはカリイナの就職のことについて父親に相談した。


それに対して父親は細かい藁を掃いていた手を止めポリポリと頭を掻く。


「いや、なぁ…

レインの知り合いって言ったってただ旅先で知り合っただけの娘だろ?

なんでお前がそんな娘の世話をしなきゃならないんだ?」


「…」


「ヒース、お前はいつまでレインの子分をやってるつもりなんだ?」


「子分だなんて…」


「いや、確かにうちはあの種苗商には世話になった。

ここまでうちが手広く果樹園を営めるようになったのはレインの父親が持ち込んだ瓶詰め用の新しい品種の桃が当たったのも一つの要因ではある。

だからあの娘が彼らの親戚とかいうのなら私も恩返しのために多少のリスクを犯しても面倒を見ようという気にもなるが…

レインがちょっと気にかけた程度の身元のわからない娘をよそに紹介などできん」


「よそに紹介出来ないなら…

この前スミスさんの家の畑を買い取っただろ?

あそこで働いてもらうのはどうだろう?

父さん農婦がもう一人二人いるなぁって言ってたじゃないか」


「いやだから…」


はぁ、と息を吐き父親はほうきで何も落ちてない床を2、3回掃き再び手を止めた。


「ところで…美人なのか?」


「まあ、どちらかというと」


「なるほど…

若い男というのは事情のありそうな美人に弱いからなぁ。

身近にいる地味で気心の知れた娘と仲良くなるより、ある日突然目の前に現れた美しい娘と仲良くなれることを夢見るものだし」


「そんなんじゃない」


「そんなんじゃなければレインもお前もなぜその娘の面倒を見ようとするんだ」


「…父さんも彼女に会えばわかる。

なんか…なんか世話しなきゃいけないような気分になるんだ」


そうヒースは力説する。


その様子を見て、まずいなぁ、まさかすでにその娘に惚れててしまったわけではないだろうな…と父親は少し不安になった。




朝食後、ヒースはカリイナを父親に引き合わせた。

カリイナは恥ずかしげに一晩の宿のお礼を言う。


…なるほどこれは訳ありそうな娘だ…と父親は感じた。

それにどちからというと美人ではなく、正真正銘の美人ではないかとも。


みすぼらしい服を着ているが、履いている靴が上質なものであることを彼は見逃さなかった。



こんな娘をとてもじゃないがよそに紹介する気になれん。

何か不祥事があった時うちの面子が潰れる。

孤児院出身者など珍しくはないが、わざわざこんな遠くにやってきた理由が曖昧だ。


まあたしかに真面目そうではあるのでうちの農園で働かせても良いが…

そうなった場合の細君の怒りを想像するとそれもまた憂鬱。


ふうとため息をついてから父親はヒースに視線を向けた。

彼は何か愛おしげに彼女を見下ろしている。

身長2メートル近い息子のその顔がまるで子供のように見える。

それに父親は何か懐かしさを覚えた。


ああ、そうだこの顔は…

よく迷い猫を拾ってきた子供の頃の顔だ。

ヒースは可愛そうな生き物をほっておけない性格だ。

困っている娘に出会ってしまった以上面倒を見ないわけにはいかなったのだろう。

その思いは純粋なものかも知れない。

が、しかし…




「うーん」と父親は唸った後カリイナに言った。


「カリイナ、あんたが真面目に働くと約束するのなら一年だけウチの農園で働らかせてやってもいい」


「父さん?なぜ一年?」とヒースが尋ねる。


「彼女はレインを頼ってきたんだろ?

レイン一家はスパイの疑いをかけられてこの村を出て行った人間だ。

うちもレイン絡みの者を置いて変な事には巻き込まれたくない」


ヒースの質問に答えた後父親は再びカリイナに向かって言う。


「が、あんたもなにやら困ってる身のようだし、人助けだと思って一年だけなら働かせてやってもいい。

その間、無駄遣いをせず金を貯めて一年後に必ずこの村を出て行くと約束するのなら」




一年…

遠くに、遠くと思ってこの土地に来たけれど、ここに落ち着くことはできないのね…

それでも今働く場を与えてもらえるのはありがたい。


「…ありがとうございます。

一年だけで結構ですので是非働かせて下さい。

どうぞよろしくお願いいたします」とカリイナはヒースの父親に頭を下げた。


それに対して父親は軽くうなずく。


「ヒース、今日の午前の作業は出なくていいから彼女の下宿先を探してやれ。

ミコ婆さんの下宿屋なら家賃も安いだろう。下宿屋と言うよりあれはほったて小屋だからな。

レインの知り合いだということは伏せておけ。


私はお前にはまだ言いたいことがある。

そうだな…夕食前に裏の栗の木の下で少し話そう」


そう言い残し父親は葉物の収穫の作業の見回りのため畑に出かけて行った。




昼前に出稼ぎの農婦などを泊める下宿屋にカリイナを預けてきたヒースは午後の農作業を終えた後、家に帰って来て父親と栗の木の下で話をした。


「ヒース、お前の人の良さは美点でもあるが欠点でもあるな?

誰にでも親切にするというのはリスクのあることなんだぞ?


…あの娘はスミスさんから買い取った畑で働かせるつもりだが、お前は今後一切あの娘に関わるんじゃないぞ。

お前は今ある果樹園や畑の管理に専念しろ。

それがあの娘をうちで使う条件だ」


「…母さんや父さんが嫌うほど悪い子じゃないと思うんだけど」


「ヒース、口答えするな。

約束しろ」


「はい、父さん。

約束します。

僕は困ってる彼女に働く場さえ与えてやれればそれでいいんだから」


ヒースは素直にそう言う。


「母さんには夜話す。

お前はこの件に関しては黙っていろ。

夕食時にぎゃあぎゃあ騒がれては飯が不味くなる」


そう言って父親はヒースに家に入ることを目で促した。




…何か重大な秘密を抱えている。

あの娘は。

本当はすぐにでも追い払いたかったが、それではヒースが納得しないだろう。


ヒースは気づいているのだろうか?

清純そうな娘ではあるが、すでに心に棲みついている男の気配があることを。

それがレインかどうかはわからないが…




今日の夕飯はなにかな?などと言いながら呑気に家に向かう息子の後ろ姿を見て、なぜか父親は少し気の毒な気持ちになったのであった。

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