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ヒースの家

夕方、ヒースの家に向かう途中二人は少し話をした。

レインのことについて。




「レインはね、特別頭が良かったわけでも運動が出来るわけでも女の子にモテるわけでもなかったけど、なんとなく皆に一目置かれる存在だったんだ。

口は悪かったけど人から嫌われることはなかった。

正直なやつだったからかな?


僕はなんとなく彼は将来大物になるような気がしてたんだ。

だから…

別れは少し寂しいけどアイツがこの村を出ることは決して悪いことじゃないような気がしている。

だってアイツにはこの村で治める成功なんてスケールが小さすぎると思っていたから」


「…仲の良いお友達だったのですね」


「や、特別仲は良くなかったよ。

知り合い程度。

だけどアイツは僕には無遠慮にガンガン頼みごとをしてきてたなぁ…」


懐かしげに語るヒースのおっとりした口調にカリイナは癒される。

そしてレインとは真逆なタイプの人だわ…と思う。


一方ヒースはカリイナの雑に切られた髪型やみすぼらしい服とは不似合いな言葉遣いやどことなく上品な物腰に違和感を感じていた。


ん?なんだろう…この子いい匂いがする。

バラの、匂い?なぜ?

こんなボロボロの服を着ているのに。

うん、見れば見るほど訳ありっぽい子だな…




15分ほど歩いて着いたヒースの家はカリイナが想像していたものとは違った。


カリイナは孤児院にいた頃よく手伝いに行った農家のブラウン家のような質素な小屋に毛が生えたような家を想像していたのだが、それとは大きくかけ離れた前庭のあるお金持ちの邸宅と言って差し支えない立派な建物だった。

もちろん大きさや重厚さは彼女が暮らしていた知らせの屋敷には遠く及ばないが。


さあ着いた、ここが家だよと言われたカリイナはエンタシスの白い柱のバルコニーが特徴的な邸宅と茶色と灰色のチェックの野良着姿のヒースを見比べた。


「…君、今失礼なこと考えなかった?」


そう言ってヒースは身をかがめカリイナの顔を覗き込む。

カリイナはプルプルと首を振ったが、思ったことを見透かされ顔は赤くなっていた。


「はは、嘘がつかないタイプなんだね。

そうだよね、こんなしがない農夫には不似合いだよね、この家。

…何年か前にこの村でまあまあ大きい商会を営んでいた元の住人が相場で失敗して手放した家なんだ。

だからうんと安くで買えたんだよ」


気取らず正直にそんなことを話すヒースをカリイナは好ましく思う。

そして人見知りの自分がなんの緊張もなく彼の隣を歩き話していることに不思議を感じる。


それにしても運が良かった…

偶然声をかけた人がレインの知り合いの親切なこの人だったことは…と、カリイナの心が安らいだのはここまでだった。




ヒースの母親は息子が連れ帰った娘を見て身震いをした。


「母さん、この子レインを頼ってこの村に来た子なんだ。

けどアイツこの村を出て行ってしまっただろ?

だから彼女途方に暮れていて…

とりあえず一晩家に泊めるから」と息子に言われてもう一度身震いをする。


「ヒース、レインの知り合いだなんて…

そんな子と関わって面倒なことに巻き込まれたらどうするの?!」


そう叫んだ母親にヒースは「一晩だけ」と言った。


「ほら、半地下の使っていない女中部屋があるだろう、あそこに」


ブルブルっと三度母親は身震いをする。


その様子を見たカリイナは申し訳なくて、いたたまれない気持ちになる。

けれど、行くあてのない彼女はヒースの母親が了承してくれるのを祈るしかない。

この季節の野宿の辛さは想像するにあまりある。


「天井が低くて狭い部屋だけど、構わないよな?」と今度はカリイナに向かってヒースは言う。


「は、い。ありがとうございます。

あの…でも…いいのですか?」




ちらりと自分を見てきた娘の態度に母親は憤怒した。


なんておどおどした子だろう。

どうせろくでもない子に決まってる。

ああ、いやっ。なんでこんなみすぼらしい怪しげな子を家に泊めなければならないの。


ヒースの母親は今まで人に感じたことのないほどの激しい嫌悪をカリイナに感じた。


一刻も早く息子とこの娘の距離を離したいと思いその場にヒースを残し「こちらですよっ」と自らが半地下の部屋にカリイナを案内する。


そしてカリイナを押し込むように部屋に入れた後「食事は後で女中に持って来させますからねっ。あと朝食もお出ししますけど、それを食べたら出て行って下さいねっ」と言い、カリイナがお礼を言いかけたのを無視してバタンとドアを閉めた。


母親は居間でズボンのサスペンダーを外していたヒースの元に行き「ヒース!あの子のいる部屋に近づいてはいけませんよ!それがあの子を泊める条件です!」と鼻息荒く言う。


それに対してヒースは少し微笑んで「母さんありがとう」と軽く母親をハグした。




半地下の女中部屋は恐ろしく冷えたけれど、それでもベッドで眠れることをカリイナはありがたく思う。

カリイナが泊まり歩いた安宿よりはずっと部屋の作りもベッドの質もいい。


しかもこの家の女中が運んできてくれた夕食はカリイナにとってはご馳走だった。

鶏肉の入った白菜のスープに 豚の内臓のパテを挟んだバターロール、驚いたことにデザートに桃のシロップ漬けまで付いていた。


…ヒースは家のことを謙遜したけれど、彼はきっと豪農の息子なのだ。

この家の暮らしぶりはお金持ちの暮らしそのものだ。

女中までいる。


ヒースのお母様…

私のことを嫌がっていたけれど、それでもこんなちゃんとしたものを食べさせてくださるなんて…

きっと本当は優しい方に違いない。


レインに会えなかったのは残念だけど…

それでも私は頑張って自分で定めた目的地に着いた。

なんとかこの土地で仕事を見つけて自分の居場をつくりたい…




その夜、農業組合の寄り合いの帰りに知り合いと酒場で酒を飲み、遅くに帰って来た夫にヒースの母親は寝室で家に泊めることになった娘のことについて語った。


「あれは絶対訳ありの子よ。

あのジトっとした暗い雰囲気。

おどおどとした態度を思い出すとゾッとするわ。

一見清楚な娘に見えるけど、何かおどろおどろしい執念のようなものを抱えているのが私にはわかる。

…男にはわからないでしょうけど。


ああ、口をきくのが嫌でどんな事情でリングヤードに来たかを聞くのを忘れたわ。

まあ、どうでもいいけど。

一晩泊めるだけの子なんだから。


本当にヒースのお人好しにも困ったものだわ。

…それにしてもこの村の娘たちはどうしてうちの子の良さに気づかないのかしら。

同級生はほとんど結婚したと言うのになんでうちの子だけ…」


酔いを覚ますためにベッドの横のロッキングチェアーに座って彼女の話を聞いていた夫は、それはお前があの娘は気に入らないこの娘は気に入らないとヒースのガールフレンドに難癖をつけるからだろ…と思った。

もちろん口には出さなかったけれど。

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