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カリイナの長い髪

馬車がその街に着いたのは夜の7時頃だった。

当然あたりは暗い。

乗客たちは駅馬車が提携しているいくつかの旅館に分かれて宿を取る。


カリイナとジュディは相談して二人で一部屋取ることにした。

彼女らは一番安い宿の一番安い部屋を選ぶ。

その部屋は恐ろしく狭くて、正方形のスペースにはぎちぎちにベッドが二つ置かれていた。

部屋にはベッドしかない。

灯りになるものも置いてなかったため室内は暗い。

二人は廊下の光を取り込むために部屋のドアを開けたままにしていた。


とりあえず彼女らはベッドの足側のわずかな床で靴を脱ぎ、ベッドに座って話をする。


「ねぇ、カリイナ。夕飯どうする?」


カリイナは乗り物酔いしていたので、食欲がない。

なんと答えようかなと考えていたカリイナに対してジュディは提案する。


「夕食代を稼がない?」


「稼ぐ…?」


「あんた、歌える?」


「いえ…歌えません」


「いや、ちょっと歌ってみな。

私と一緒に」


そう言うとジュディは誰もが知っている唱歌を歌い始めた。


なんて上手なの…

カリイナはその歌声にびっくりしてしまう。


「ほら、あんたも歌って」


カリイナは激しく首を振る。


「私は音痴なので。

でもなんで急に歌なんか…」


「アタシ歌にはけっこう自信があるんだ。

だからちょっと道に出て歌ってみようかと思って。

前にそうやって道行く人にお金をもらってる人を見たの。

アタシお金をあんまり減らしたくないんだよ」


「それは私もそうですけど、とても人前で歌なんか…」


「じゃあ、あんたは隣で手拍子でもしててくれればいいよ。

あんたみたいなかわい子ちゃんが一緒なら男の人が足を止めてくれるかもしれない」


「そんなこと…」


無理!とカリイナは思った。けれど、ジュディの役にたちたい気持ちもする。


「あ…の…隣で手を叩くだけなら…」とカリイナは小声で答えた。


「よし、じゃあ駅馬車の停車場近くに行こう。

食堂が何軒かあったから、あそこらへんならまだ人通りがあるはず。


あ、カリイナ、髪の毛をほどきな。その方が華やかに見えるから」




髪をほどけ。

髪を…


ジュディの言葉に触発さカリイナの胸に蘇ってきたことがある。

それは母親との思い出。


彼女の母は器用で、カリイナの長い髪をよく編み込んでくれていた。

そして寝る前にはそれを優しくほどいて、丁寧に髪を梳かしてくれた。

そのひとときがカリイナは大好きだった。




N村の孤児院では女子は髪は肩くらいの長さで切りそろえることが推奨されていたのだけれど、カリイナは髪を切るのが嫌で伸ばしていた。

ルシファーやセシルとは違い、物心ついてから孤児院に入ったカリイナには髪にまつわる母親との思い出があったので。


髪を切りたくないというのは大人しいカリイナの唯一の主張。

院は配慮して彼女が髪を伸ばすことを特別に許していた。


特別扱いは差別を呼ぶ。

そのせいで辛い思いをすることもあったが、カリイナは頑として髪を切らなかった。




カリイナの両親は貧しかったけれどとても夫婦仲が良く、穏やかな家庭を築いていた。そのため母親が亡くなるまでカリイナは両親に愛されて幸せに暮らしていた。


カリイナの母親が亡くなったのは彼女が5歳の時。

肺の病にかかり、治療するお金もなかったため、母親はあっけなく亡くなってしまう。


母親が亡くなった後は、ずいぶん寂しい思いをしたけれど、隣の駄菓子屋の娘がそれとなくカリイナの面倒を見てくれたのが救いになっていた。

彼女が時々持ってきてくれる小さなキャラメルやクッキーに、わずかにカリイナの心が癒されたこともある。


けれど…


ある日父親はその娘と駆け落ちをしてしまった。

まだ6歳だったカリイナを家に一人残して。


6歳くらいなら、もういろんなことを感じ、考える力がある。


薄暗い部屋の中で、自分を取り巻いて近所の大人たちがヒソヒソと話す声。

隣の娘の両親から向けられる憎しみを含んだ視線。

父親が突然いなくなって悲しい、寂しいというよりカリイナは惨めだった。


ああ、お父さんにとって私はいらない子だったんだなと思って。

こうして自分を取り巻く大人たちにとっても私は迷惑な存在なんだなと思って。


彼女は自分の価値の無さを6歳にして思い知らされたのだった。

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