飴玉
「魔法?」とカリイナがジュディに聞き返すと「そう、博打という名のね」と彼女は肝の座った顔で答えた。
「博打…」
「賭博場に行ってルーレットをやったの。
私がかけたのは、小金じゃない。自分のこれからの人生だった。
私はね、神様に祈ったんだ。
これからあなたが嫌がる賭け事をしますが、どうか三回だけ勝たせて下さいって。
もし勝たせてくれたら、その後は一生あなたの教えに背くことは致しませんって。
もしあなたが私の願いを叶えてくれないのなら、私はあなたが最も罪が重いとおっしゃる方法で、この世から去ることにしますって」
ここで乗客の全員がゴクリと唾を飲む。
「私は命をかけて神様を脅したのさ。
そして三回続けて勝った。
持ち金は8倍になってなんとかカスマンまでの旅費を稼ぐことができた。
ディーラーは次も続けて賭けるよう勧めてきたけれど、やめておいた。
神様との約束は三回だったからね。
父さんや母さんが私にしてくれたことといえばこの世には賭博場があるというとを教えてくれたことだけだったな。
あの二人はしょっちゅう父さんの賭博通いが原因で喧嘩してたから」
カリイナは胸が痛んだ。
ジュディが酷い里親のことを未だに父さん母さんと呼んでいることに対して。
ジュディの隣に座っていた中年女はバックから紙袋を取り出し黙ってそれをジュディに差し出す。
袋の中にはマーブル模様の飴玉がいくつか入っていた。
ジュディはちょっと会釈してその中から二つ取り出しその一つをカリイナに渡した。
カリイナは中年女とジュディにお礼を言ってそれを受け取った。
ジュディは飴を口に放り込むと、甘いねと笑顔になった。
ジュディの話を聞いてカリイナはN村の孤児院がなぜ孤児たちを里子に出すことをしてこなかったかの理由を知った気がした。
きっと孤児たちがジュディのような扱いをされることを恐れていたのだ。
もしあの孤児院が里子として孤児を出していたら、ルシファーやセシルは早いうちにどこかに引き取られていたかもしれない。
もしかしたら私も。
N村の孤児院の運営方針は他の孤児院とは違っていた。
ほとんどの孤児院は15歳で退院するのに17歳まで置いてくれていた。
そのかわり、年の大きな子供は村の手伝いに出たり、小さい子供の世話をしたりして孤児院の収益を増やしたり、職員を削減して人件費を減らすことに貢献していた。
当主様はきっと国中の孤児院を調べ上げルシファーを安心して預けられる先としてN村の孤児院を選んだのだ。
なんとなくその時の様子がカリイナの目に浮かぶ。
大きな書斎の机に資料を広げ精査する若き日の彼の姿が。
「カリイナ?
早く飴を口に入れなよ、手がベタベタになるよ?」
「あ、はい」とカリイナも飴を口に放りこむ。
それを見届けてからジュディはまた話はじめた。
「アタシはね、カスマンの孤児院出身なんだよ、父さん母さんはそんな遠くまでアタシをもらいに来たの。
きっとこの周辺の孤児院の子をもらったら逃げ帰るとおもったんだろうねぇ…
カスマンに行けば孤児院で仲よかった子に会えるかもしれない。
会えないかもしれないけど。
でもアタシ行き先ってそこしか思い浮かばなかったの。
ねぇ、あんたはなんでリングヤードに行くの?」
「同じです…私もリングヤードに行けば知り合いに会えるかもしれないと思って…」
なんとなく口ごもったカリイナに「あんたさぁ、もっとはっきり喋れと言われたことない?」とジュディは尋ねた。
「あります。
初対面の方には高確率でそう言われます」
カリイナがそう答えると「でしょうね」と言ってジュディは笑った。
それにつられてカリイナも笑う。
「アタシたち、もう友だちだね?」
そう言ったジュディに対してカリイナははにかみながらもコクリとうなずいた。