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それぞれの夜

ルシファーは自室の窓を開け星空を見上げながら考え事をしていた。

屋敷をぐるり取り囲む糸杉の木立をすり抜けて来る風を浴びながら。


ここ数日のカリイナは孤児院にいた頃とは別人だ。

自分の意思がはっきりしていて、それを人に伝えることが得意だったセシルと違ってカリイナは決して自分から人に対して働きかけをしない娘だった。


ルシファーは大勢の使用人の前で声を張り上げていたカリイナの姿を思い浮かべる。


ふ、あの時の彼女はまるでセシルが乗り移ったようだったな…

セシル…

セシルか。セシルは今どうしているんだろう。

彼女の誕生日は過ぎている。

予定どうり小間物屋に就職できたんだろうか。

彼女も眠れぬ夜、ルシファーはどうしているのかと、自分のことを思い出してくれることはあるんだろうか。

あるとすればその時は胸の痛みを伴うんだろうか、それとも…


ルシファーはある日の出来事に思いを馳せる。

それは初めてセシルの唇を奪った15歳のときのこと。


院生が村の農作業を手伝った際、農民が夕食を振る舞ってくれた。

ありがたくそれを頂き、皆で孤児院に帰る頃には空は暗くなり星が出ていた。


卒院を控えた年長者が先頭を歩き、子どもたちは中程を、そして最後尾をセシルとルシファーが歩いていた。

前を歩く子どもたちが道の角を曲がったとき、ルシファーはセシルの手をぐいと強く引き、角を曲がらせず、どこかの家の塀にセシルを押し付け、彼女の唇に自分の唇を重ねた。

その瞬間!

腹にひどい痛みを感じた。

セシルに思いっきり膝蹴りされたのだ、腹を。

うっと声を上げルシファーはその場にへたり込む。


角を曲がり先を歩いていた数人の子供が、異変に気づき戻ってきて、倒れ込んでるルシファーに駆け寄った。


「ルシファー!どうしたの!病気?!」


「…うぅ、大丈夫だ、急に腹が痛くなって…すぐ治る。気にしないで先に行ってくれ」


セシルは心配そうにルシファーを取り囲む子供たちに声をかけた。


「こう言ってるんだから大丈夫でしょう。さあ、早く帰らないとお風呂を使わせてもらえなくなる可能性があるわ、急ぎましょう」


そしてうずくまったまま彼女を見上げるルシファーにはこう告げる。


「ルシファー、私達は先に行くわよ?お腹が治ったらあなたは走ってらっしゃい」


この言葉にルシファーは苦笑するしかなかった。

さすが、セシルだ。

誰にも自分に対して失礼な態度をとることを許さない。


セシルとルシファーは仲良しではあったが、このときまだ恋仲ではなかった。

ルシファーはセシルに自分を特別な存在として意識してもらいたくて思い切った行動に出たのだが…


セシルに思いを寄せながらも、どの女の子に対しても気安い態度をとって来たルシファーはこのとき強く感じた。

自分の生涯の伴侶は彼女以外に考えられないと。


なぜかきょうの夜空はそう思って天を見上げたあの時の自分を思い出させる。

孤児院にも植わっていた糸杉の香りを含むこの風のせいだろうか…




ルシファーが窓辺で夜空を見上げていた頃、カリイナは疲れ果てて泥のように眠っていた。

もともとは寝付きの悪いカリイナであるが、ここ数日はベッドに入った途端引きずり込まれるように眠りに落ちている。

カリイナの為に用意されたベットの艶々とした絹のシーツの感触を楽しむこともなく。


この屋敷に来てからのカリイナは本来の能力の何倍もの力を振り絞って暮らしていた。

ルシファーと彼の父親の為に。

カリイナはここに来るまでひどく不安だった。

社交性もなくただおどおどとした孤児の私をルシファーの父親はどう思うだろうかと。

けれど彼の父親は多少の戸惑いを表したが、すんなり彼女を受け入れてくれた。


見た目も、態度も美しい男性。

カリイナが初めて接する紳士と呼ばれる部類の人だった。ルシファーの父親は。

そんな父親とルシファーが使用人たちにないがしろにされているのがカリイナはたまらなく嫌だった。


少しでも彼らに快適な暮らしをさせたい。

二人が自分の屋敷でも着込んでいる茨の帷子かたびらを脱がせてあげたい。

でも今のままの自分ではなにもしてあげられない…


そう思ったカリイナは自分を変える決意をした。

そして知恵を出し、勇気を振り絞り機転をきかせ使用人たちと対峙したのだった。


あの日、自分に手を差し出してくれたルシファーのためにカリイナはセシルになろうとしていた。




夜明けが近いがルシファーの父の書斎には明かりが灯っている。


ルシファーの父親はかつて自分の行った知らせの記録を調べ、各貴族の資産、納税額、親戚関係を調べ、探していた。

周りに知られてはいないが経済的に窮状に陥っている貴族を。


プライドが高い名家には門前払いを食うだろう。

かと言って位が低く、品格のない家もいけない。

ないだろうか…

やがて当家に嫁ぐことになるカリイナを養女として迎え入れてくれる家は。


自分の娘を知らせの一族に嫁がせようとは思わないだろうが、養女を嫁がせるのなら検討の余地があるだろう。

不名誉と引き換えに潤沢な結納金が手に入るのだから。

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