駅馬車
駅馬車に乗ろうとしたカリイナは、運賃を徴収する御者に変な顔をされる。
あまりのみすぼらしさゆえか、それとも小銭をかき集めてやっと運賃を払う風だったことを不審に思われたのかはわからない。
荷物を馬車の上の荷台に置くよう言われたのだけれど、バックはこれひとつかなく膝の上に置いておくのでと頼みこんでカリイナは旅行鞄を馬車に持ち込ませてもらった。
彼女は漠然と東に向かう一番距離を走る馬車を選んだ。
六人乗りの馬車に乗り込むと、すでに乗客が二人いた。進行方向を向く側の座席に。
本来ならその向かいに座るのが礼儀なのだろうが、進行方向を背にすると酔いそうな気がしたので、詰めてもらって進行方向を向く側に座る。
そのため座席はかなり窮屈になった。
カリイナの隣の席の中年女はそれを不快に思ったのか、席を斜め向かいに移した。
「あ…すみません…」とカリイナは詫びたが中年女はそれを無視した。
しばらくするとその馬車にはもう一人、カリイナくらいの年齢の娘が乗り込んで来た。
彼女はカリイナの正面の席に座る。
あまり身なりも器量もよくない娘である。
と、言っても身なりはカリイナほどみすぼらしくないが。
娘が乗り込んだ後、馬車は時刻通りに発車した。
向かいに座っている娘はチラチラとカリイナに視線を送ってくる。
それに気づいたカリイナは挨拶した方がいいのかしら…と思う。
けれど自分からの働きかけが苦手な彼女はなんとなくうつむいてしまった。
すると娘の方から話しかけてきた。
「あんた、どこまで行くの?」
咄嗟にカリイナは「リングヤード州です」と答える。
「ふうーん、じゃあこの馬車の終点のカスマンで乗り換えだね。
アタシはそこが目的地だけど。
アタシはジュディ。
あんたは?」
「カリイナと申します」
「ぷっ、申しますだって。
まるでお嬢様のような言葉遣い」
ジュディと名乗る娘がそう言うと、他の乗客も笑いを漏らした。
カリイナは思わず真っ赤になる。
そしてしどろもどろにこう言い訳する。
「あ、あ…私の育った孤児院がとても礼儀や作法に厳しいところだったので…」
孤児院という言葉にジュディは少し驚いた顔をしたが、他の乗客はなるほどそれでこの娘はこんなにみすぼらしいのかと納得した。
「アタシも…孤児院で育ったんだよ」とジュディはカリイナに告げる。
「そう…なんですか…」
一気に彼女に親近感が湧いたカリイナを「そういうよそよそしい言葉遣いやめてくれない?」と言ってジュディは軽く睨んだ。
ジュディはとてもサバサバした性格に思えた。
カリイナの数少ない友人はこういうタイプが多い。
同じように大人しい娘とはきっかけがつかめず、友だちになることはない。
友だちになれさえすれば、お互いがその気持ちわかるという深い話もできるのだろうが。
聞きもしないのにジュディはカリイナに自分の身の上話をし始めた。
アタシはね、13の年に里子になったんだよ。
小さい商店を営む夫婦の。
その夫婦には当時生まれたばかりの双子がいた。
まあその夫婦は姉やを雇うより孤児院から里子をもらって面倒見させた方が安くつくと思ったんだろうね。
その家に行ってからはいそがしかったよぉ。
双子の世話から家事全般。
朝から晩まで働いた。
いや、夜中まで。
ううん、明け方まで24時間。
何せ赤ん坊って昼夜構わずおしめを汚す生き物だろ?
今は3歳になった双子の面倒を見るのはもっと大変。
昨日ちょっと目を離した隙に一人が怪我してさぁ。
ちょっとしたかすり傷だったんだけど…
そしたらお母さん、怒って私をひどくぶったの。
もう我慢できないと思って家を飛び出しちゃった。
アタシはお小遣いを一銭ももらってなかった。
それには理由があったんだろうと思う。
私にお金を持たせたら家から逃げ出すと思ってたんだろうね。
まあ、ただケチだっただけなのかもしれないけど。
でもアタシもバカじゃないからね。
この世で何が一番頼りになるかって分かってたから、お使いに出された時にほんの少しの時間、店のご隠居さんの肩を揉んだり道に落ちてる釘を拾い集めたりして、小銭を稼いでいたのさ。雀の涙ほどの。
その小銭は飴なんかを買わずにコツコツ貯めていた。
アタシは孤児院を出てから飴なんて口にしたことなかったから、もう味も忘れてしまって食べたいとも思わなくなっていたんだよ…
ああ、でもいくら小銭を貯めていたからって、この馬車の運賃の三分の一ほどにもならないよ?
私はそのわずかな金を魔法を三回使って増やしたのさ…
いつの間にかカリイナ以外の乗客もジュディの方に身を乗り出して彼女の話に聞き入っていた。




