表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/71

甘えるな

大通りに出て、こんなに走るのは初めてと言うくらいカリイナは必死で走った。

呼吸が困難になるほど。

前を走る若い男に付いて、益々強くなる雨の中を。


あの男が追いかけてこないと確認できるまで離れた頃には二人とも雨宿りの必要ないほどずぶ濡れだった。


若い男の息も切れていた。


「はぁ…はぁ…

鈍そうに見えるが…意外に足が早いな…

はぁ…」


カリイナは苦しくて一言も発することができない。


「ああ、道の真ん中だ…

端に寄れ…」


男に付いてヨタヨタとカリイナは道の端に寄る。

さっきまで二人がいた場所を勢いよく馬車が走り過ぎる。


やっと呼吸が整った頃男は言った。


「見てくれ、バカな女に関わったためにびしょ濡れだ。

いいか?もう二度と変な男に引っかかるんじゃないぞ」


「…」


お礼を言うべきなのだろうがあまりの上からの物言いにカリイナは言葉が出てこなかった。

ただコクリとうなずいた。


「風邪をひきたくない。

早く風呂に入りたい。

私の取っているホテルはこの通り沿いなんだ。

じゃあな」


そう言って男はカリイナをその場に残し去って行こうとする。


えっ、とカリイナは驚く。

漠然とこの後身の上話を聞いてくれて今後の相談に乗ってくれるのではないだろうかと思っていたから。


「待って下さい」とカリイナはおもわず追いすがった。


「なんだ?」と言って男が振り返る。

とても迷惑そうな顔をして。


なんだ…と言われると、具体的な言葉が出てこない。

困ってただその場に立ちすくむカリイナだった。


そんな彼女を見てチッと男は舌打ちをする。


「甘えるな。黙っていじらしい顔をしていれば人が助けてくれると思ったら大間違いだ。

そんな風だからあんな輩につけ込まれるんだ!」


「ご、ごめんなさい…」


怒られたカリイナが絞り出せたのはこの一言だけだった。


随分きつい性格の人だ。

けれど人買いの手下ではなさそう…

ということはやっぱりあの人の方が嘘をついたんだ。

あの人の方が悪者だった…

あんなにルシファーに似てるのに。


そう考えるとカリイナはなんだか悲しくなってきた。


男はカリイナを無視して再び雨の中、通りを東に向かって歩き出した。

カリイナは自分がこれからどうしていいかわからず、途方に暮れたけれど、しばらくすると無意識に男と同じ方向に歩き始めた。




五百メートルくらい歩いて、ホテルに入ろうとした若い男は玄関を開ける前にチラッと後ろを見る。


するとそこにはさっき助けた娘がいた。


厄介な…と思いながらも彼はホテルのドアを開け、入れと目で促した。

そして財布の中身を確かめてからフロントに行き、もう一部屋取れるかを聞く。


浴室付きの部屋なら空いていると言うのでその部屋の鍵を受け取り、ロビーで待たせていた娘に渡す。


「風呂に入り着替えてからロビーに降りてこい。

ロビーで話を聞く。

どうせ金もいくあてもないんだろう?」


そう言った男に娘は消え入りそうな声で「着替えもないの…」と言った。


聞こえがしに男は大きなため息をつく。

そしてもう一度フロントに行き頼み込んでホテルの従業員の制服を借りてきて娘に手渡した。




カリイナを助けた男はリングヤード州の種苗商人だった。

年は二十五。

毎年この頃この街で開かれる苗木見本市に来て新種の果樹の苗木を何種類か仕入れて農家に配り、その後の大量注文に繋げる。


去年までは父親と共にこの街に来ていたのだが、今年は将来の独立を視野に入れ、仕入れを彼が任され一人で来ていた。


今日の午前中に苗木の仕入れを終え、宿泊しているホテルに苗木を積んだ荷馬車を留め積み込みの際に汚れた服を着替えてから母親に何か土産を買おうと思い大通りを歩いていたところ、たまたま古道具屋から出てきた娘をこっそりつけて歩く不審な男を見つけた。

少し気になって遠目で観察する。

すると男が偶然を装い娘に近づき何か話しかけた後、いきなり手を掴んだのを見てこれは危ないと思ってカリイナに声をかけたのだった。

その男はたちの悪い口利き屋だと言ったのはカリイナと男を引き離すための口から出まかせにすぎない。


この種苗商、決して悪い男ではないのだが、気持ちが正直に言動に現れる男だった。


この男に出会ったことで、カリイナはこの国の東の果てに流れ着くことになる。

彼女が望んだとおりルシファーから遠く離れた土地に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ