誕生日
朝食中、ビルドに父親からの呼び出しを告げられたとき、ルシファーは多分誕生日の祝いを言われるのだろうと思った。
数日前密かに宝石商が屋敷に出入りしていたのを知っている。
父親からの誕生日のプレゼントは多分宝石類だろう。
宝石にはそんなに興味はない。
できれば父のつけているあの銀のロケットが欲しい。
色鮮やかな宝石よりあれが自分に似合いそうな気がする。
ねだってみようか?
前に私にくれると言ったことがあるし…
屋敷に来てからのこの一年総括は難しい。
孤児院を出た瞬間私の人生は激変し、本当にいろいろな感情を経験した。
そしてきっとこれからも試練の日々は続いていく。
自分にはそれを乗り越えてゆく力があるのだろうか…
そんなことを考えならがらルシファーは父親の書斎に向かった。
顔を合わせた父親はルシファーに十八歳の誕生日の祝いを言う前に驚くべきことを告げた。
「ルシファー、カリイナの居場所が分かった」
あまりにも唐突で意外なその言葉にルシファーは息を飲み、思わず半歩後ずさる。
「父上は…彼女を探してくれていたのですか…?」
動揺を抑えようと思ったが、少し声が上ずっているのが自分でもわかった。
父親は微かに首を振る。
「私ではなく、オルティス家がな」
「オルティス家…」
「カリイナを養女として迎え入れてくれる予定だった家だ。
オルティス家はかつて各州に関所があった時代、その管理の利権の全てを握っていた。
その頃の人脈で人探しには長けているのだろう。
当家は養女となったカリイナを嫁に迎えるための結納金として蓄財の半分を提示してあった。
君には教えていないが、何代にも渡り、いっさい社交の費用がかからない当家の蓄財はかなりの額になる。
一方、昔と変わらず隆盛を誇っているよう振る舞ってはいるが、オルティス家の財政は火の車だ。
昔と同じように振る舞っているからこそ困窮に瀕しているのだ。
そのため彼らも結納金欲しさに必死でカリイナを探したのだろう」
知らせの一族の当主は冷ややかな顔でそう言う。
ルシファーは無言で微動だにしない。
「どうする…
ルシファー?」と尋ねられたが、一体なにについて問われているのか理解できない。
逆に「なにを?…」と尋ねてしまう。
「カリイナを」
当主は短くそう答えた。
しばらくの沈黙の後、ルシファーは質問した。
「カリイナは、どこにいるのですか?」
「リングヤード州の農園だ」
「リングヤード州…」
それはこの国の東の果てだった。
かってフロリナ王女が嫁いだ隣国との境である。
フロリナ王女が嫁ぐ際、持参し、国に戻る際に持ち帰った土地。
「会いに行くか?」
その父の言葉にルシファーはひどく戸惑う。
なにを…言ってるんだ、この人は今更…
「いえ…
リングヤード州には行って帰ってくるだけでも一ヶ月以上かかります。
それにカリイナは、カリイナは…」
その後の言葉が出てこなかった。
私にとってはすでに過去の婚約者ですという。
「そうか。
では私が様子を見に行ってこよう。
私は彼女がどうしているか気になっていた。
ルシファー、私の外出中の留守を頼む」
この父の言葉にいきなり腹を殴られたような衝撃を受け、ルシファーは反射的に「私が行ってまいります!」と叫んでしまう。
それを聞き父親はかすかに口の端を上げた。
あ…?
どこかで見たことのあるような意地の悪い微笑み。
とても満足気な。
相手に自分の実力を知らしめるような…
ああ、これは。
自分のなかにもある表情だ。
…なんだ、なにも不安に思うことはなかった。
初めて会った時のあの直感を信じればよかったのだ。
間違いなく私は父の血を引いている。
私はこの人対して思い違いをしていた。
世間の評価どうり自分とは真逆の理性的な合理主義者のように思っていた。
けど違う。
この人は感情をぶつける相手がいなかったからそんな風に見えていただけなのだ。
私という対峙できる相手を得て、この人の本来の性格が顕になる場面を何度も自分は見てきたではないか。
その厳しさや、弱さや優しさ、意地の悪さを。
この人はむしろ感情的な人間だ…
急に深々と頭を下げてからルシファーは告げる。
「…父上。
申し訳ありませんでした。
私は父上との血の繋がりを今の今まで疑っていました。
本当はあなたの血筋ではないのではないかと。
あまりにも私たちは似てないので」
「今まで?」
「はい。
たった今疑いが晴れました。
皆に明るい、優しいと評される私の奥に潜む意地の悪さは、多分あなたから譲り受けた気質だと確信したから」
「そうか」の一言で父親はその話題を終わらせた。
そして「では、ルシファー。
当面抱えている君の仕事の引き継ぎを」と、事務的な話しをし始めた。