バーベキュー
ルシファーは使用人たちとの懇親のために庭でバーベキューを開くことを思いつく。
以前立場を考えろと叱られたことがあるので反対されるかと思ったが父親はあっさりと了承してくれた。
父親の病はすっかり良くなり、6月になった今は普段通りの生活に戻っている。
今年は伏せってらっしゃる期間がいつもより長かったので、正直心配になりましたとビルドは後日ルシファーの前で呟いた。
「多分私が来てから心労が倍になったのが原因だろう」とルシファーは冗談のつもりで言ったのだが彼は真顔で多分そうだと思いますと言いきった。
ルシファーは使用人たちとのバーベキューの取りまとめをビルドに頼もうとしたのだが、あっさり断られた。
そこで彼は取りまとめをシンシアに頼んだのだが、報告された参加しても良いと言う人数の少なさに傷つくことになる。
4人。
あまりにも少なすぎる…
「やはり、知らせの一族の私と食事を共にしてもよいと思う者は少ないのだな。
最高級の肉や魚介を用意して皆に振る舞いたたかったのだが…
エマも不参加か…」
肩を落とす彼におずおずとシンシアが口を開く。
「いえ、坊ちゃん、そうじゃなくて…
私らも一枚岩じゃ無いと言いますか…」
ルシファーはピンときた。
「派閥があるのか?」
「やー派閥ってほどじゃありませんが、あの人が出るなら私は出たく無いとかそういうのはあると思います…
みんないい肉は食べたいには食べたいと思いますけど」
もじもじとシンシアは答える。
「ははは、なるほど。
それなら少人数で数回に分けて開催しよう。
初回はシンシアを中心としたグループで」
「はあ…」
「シンシア。
最高級の食材を集めてくれ。
不参加を決めた使用人が後悔し、次は必ず参加しようと思わせるほどの良い匂いを庭中に漂わせよう」
「はいはい、承知しましたよ」と言いながらシンシアは頭の中で仕入れ先を選定し始めた。
バーベキューの当日は快晴。
シンシアは初めてこの屋敷に足を踏み入れた時の重い気持ちを思い出していた。
こうして知らせの一族の使用人になるからにはもう後戻りできないとう、自分の人生への諦めを感じた日のことを。
屋敷の陰気臭さがあまりに強烈だったので、この芝生の敷き詰められた庭にもあまり良い印象を持てなかった。
長い間その気持ちを引きずっていたのだけれど今日は違う。
少し中央の盛り上がった岡のようになっている芝生の上で日の光を浴びていることが心地よく感じる。
芝生の中を無作為に道が走り、道が交差した部分には木が植えられている庭。
屋敷と切り離して見れば、ここはどの貴族の家にもあるありふれた庭なのだ。
それにしても…知らせの一族の嫡子とこうして肉をつつき合う日が来るとはと夢にも思わなかった…
そう思いながらシンシアはルシファーを眺めた。
この方はほんとにリーダーシップのある方だ。
いつの間にか坊ちゃんの指示によって皆役割を与えられ生き生きと作業している。
腰の重い元メイドのルリも骨惜しみをせずせっせっと火の調節をしている。
ずいぶん坊ちゃんも楽しそうだ。
皆に声をかけながらも自ら肉をひっくり返している。
やはりこの方は人が好きなのだ。人の輪の中心にいてこそ輝くのだ。
…当主様も参加して差し上げればいいのに。
そうしたら坊ちゃんはうんと喜ぶだろうに。
いや、当主様がここにいらしたらこんなに遠慮なく肉にかぶりつけないか…
「ふふ…」
「シンシア、何がおかしい?」
「いえ、なんでもありませんよ坊ちゃん。
あ、あんまり上手に肉を焼かないで下さいよ?
私の立場がなくなっちまう」
わずか5人で行われたバーベキューだったが、そこに巻き起こった笑いと食べ物の匂いは暗く広い屋敷の空気を吹き飛ばすほどの勢いを持っていた。
このタイミングで庭の芝刈りを命じられていた数人の使用人は漂ってくる肉の匂いに腹の虫を鳴らせた。
ルシファーの思惑通りに。
「当主様がご子息に使用人たちと食事の同席をお許しになるとは思いませんでした」
城から帰って来た当主に開口一番ビルドはそう言う。
確かに息子と使用人が近づきすぎることは当主にとってはあまり愉快なことではなかった。
世間から疎外されていてる彼がプライドを保っていられるのは知らせの一族の身分の高さへの誇りとそれに応じた品格ある振る舞いができる自分への陶酔だったので。
けれど当主は思う。
ルシファーに流れる血を変えてやることはできない。
それならばせめて彼が自分の居場所を心地よいものにしようとする努力は阻まないようにしたい、と。
「…ビルド」
「はい」
「次の開催日には君も参加してやってくれないか?」
「お断りします」
ビルドは即答する。
そして、こんな返事のわかりきった馬鹿げた依頼を私にしてくるとは…
この方は意外に頭が悪かったのだなぁと、当主に対して少し失望を感じたのだった。