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青少年というものは

ほほほ、とフロリナ王女はその場の空気を変えるように笑う。


「あなた随分大人っぽく見えるけれど、中身は年相応の子供なのね。

子供というのはね、一度や二度は自分は本当は親の子ではないのではないかと誰もが思うものなのですよ」


そう言われ、ルシファーは少し恥ずかしくなる。

そしてどうしてこんなことを会ったばかりの身分の高い方に言ってしまったんだろうと反省する。


「ルシファー、あなたはアドルファスが本当の親ではないのではないかと疑っているのね?

どうしてそんな風に思うの」


そう言った後王女は脇息の付いたソファーに座った。

ルシファーは彼女の前に立ったまま答える。


「あまりにも似てないのです。私と父は。

それに私は生まれてすぐ彼に捨てられている」


ほほほ、ともう一度王女は明るく笑った。

そしてルシファーをじっと見詰める。


「似てますよ。

あなたとアドルファスは」


「え…」


ルシファーはその言葉に戸惑いを覚えた。

皆に黒髪以外は性格も容姿も少しも似てないと言われていたので。


「それにアドルファスがあなたを捨てた事情は本人から聞いているのでしょう?

宮廷でも有名な話です。

まあ…どこかに預けて育ててもらっているのだと思っていたその先が孤児院だったことには私たちも驚きましたが」


「父は私を嫌っていたのでそんな非情なことができたのではないかと…」


「なぜ産まれたばかりの赤ん坊を嫌っていたと思うの?」


「それは…

それは私が母と誰かの不義の子だからではないかと。

父はそれを知っているのではないかと。

そう考えればいろんなことに納得がいく…」


三度フロリナ王女はおかしそうに笑った。


「ああ、笑ったりしたらいけませんね。

あなたは真剣に悩んでいるのだから。

ルシファー、ではあなたは自分の父親は誰だと思っているの?」


「…わかりません。

けれど自分の性質等を考えると労働者階級の者ではないかと。

知らせの一族の使用人は昔から黒髪の者が多いらしいのでもしかしたら…」


「なるほど。そんな風に疑っているのね」


フロリナ王女は握った手を唇に当て思案を巡らせているようだった。

そしてしばらくしてからまた話し出す。


「ルシファー、私とあなたの母親ははとこなの。

小さい頃にたびたび遊んだ記憶があります。

ほんとに融通のきかない人だった…プライドだけが高くて」


知らなかった情報を聞かされて、ルシファーはハッと息を飲む。

ルシファーの様子を気に止めることなく王女は言葉を続ける。


「そして男性の心を惹きつけるほど美しくもなかった。

だから彼女は年頃になっても自分の肖像画を描かせなかった。

正直私も絵を描かれるのは嫌いだけれど、身分上拒否するわけにはいかない」


そう言って王女は部屋を見回す。

部屋には王族が一同に介した様子やフロリナ王女の各年代の肖像画が壁一面に飾られていた。

そしてその中には目鼻立ちの良い立派な中年男性の肖像画も混じっている。


王女の視線を追って部屋を見回していたルシファーは多分破談になったセオドア王子なのだろうなと思った。

そしてこうして肖像画を掛けてあると言うことは、王女にはまだ彼に対しての想いがあるのだなとも。




「心配しなくてもよい。

あなたはアドルファスの子供です。

あなたの母親は良い性格ではなかったけれど、簡単に人の道を踏み外すような人間でもなかった」


「けれど…」


「お黙り。

それ以上の発言は許しません。

多分父親に対して何か面白くないことがあったのだろうけれど。

だからと言って親を侮辱していいことにはなりません」


急に語気を強めたフロリナ王女にルシファーは少したじろぐ。

先程の優しい雰囲気からの豹変。

まさに王族の気迫。


ああ、叱られてしまった。

けれど…


自分の両親にもこうやって思いやりを示してくれる人がいるということを逆にルシファーは嬉しく思う。




「フロリナ様…

ご親切にしていただいたのに私の未熟さゆえに不愉快な思いをさせて申し訳ありませんでした。

おっしゃるとうり父に不満を感じる出来事があり、ひどく感情的になりました。

王女様のお叱りで目がさめました。


想像が暴走するのは青少年の特性と思ってお許しください。


私は…

家出を終えようと思います」


ルシファーがそう言うと「そうしなさい」と王女は安心したような笑顔を見せた。


そして机に置かれた命令書にサラサラと何かを書き印を押しルシファーに渡した。


「馬は置いておゆき。

これを車寄せに持って行って係の者に渡しなさい。

私の馬車を出すように書いてある。

今日は馬車で帰りなさい」


「ありがとう…ございます」


書状を受け取ってうつむいたルシファーを見てもしかして泣いているのではないかとフロリナ王女は思う。


「ルシファー…

あなたは素直な子で、私はあなたみたいな男の子が大好きだけれど、あなたを友人としてお茶に招いてあげられない私を許してね。


私たちはね、知らせの一族の来訪を告げられると体がビクッとしてしまうの。

過去に知らせられてきた様々なことが蘇ってきてしまうの。

だから…」


「フロリナ王女…」


ルシファーは寂しい気持ちを押さえつけ極力明るい声を出す。


「充分です。

こうして怪我を手当てしていただいて、不安に思っていることを聞いていただいて、叱っていただいただけで。


私もフロリナ様が大好きになりました。

だからこそ私も今後あなた様とお目にかかる機会が無いといいなと思っております」


ルシファーは胸に手を当て正式な別れの礼をした後、王女の部屋を出た。


ドアを閉める際、セオドア王子の肖像画をチラと見る。


バカな男だなこんなに素晴らしい方との縁談をふいにするとは…とルシファーは王子を軽蔑したい気持ちになる。


年の差や身分違いがなければ私が結婚したいくらいだ。

この短い時間にすっかり虜にになってしまった。

ふふ、けれど多分王女は面食いだ。

私よりは父の方が好みに違いない…


ん?何と不敬なことを考えてるんだ、私は。

そう思った瞬間、後ろから父親の声が聞こえてきたような気がした。

君は女が側にいないと生きていけないタイプの人間なんだな、という。


思わずルシファーは振り返る。

当然そこに父親の姿はない。

彼は心の中に流れ込んできた父親の言葉に反論した。


父上、私は色を好んで女を求めているわけではないのです。

全ての女性の中にある母性を求めているのです。

体や能力ほどの成長を心は遂げていない、私は。

そのことについてはあなたにも罪はある。

赤ん坊の時に私と母親を引き離したのが多分その原因の一つなのだろうから。


そう言って父親を責めたことでルシファーは少しすっきりした。


今、彼はフロリナ王女と出会う前とは違う気持ちで城の廊下を歩いている。


自分の出生の疑いが完全に払拭されたわけではなかったのだけれど。

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