フロリナ王女
フロリナ王女の人生は順風満帆とは言い難い。
彼女の最初の結婚は18の時。
島国の第一王子の許に嫁いだのだが、嫁つぎ先の王朝が結婚直後に倒れた為、フロリナ王女はすぐに離縁して自国に戻ってきた。
2回目の結婚は二十代半ば。
隣国の第二王子とであった。
5年ほどの結婚生活は相手の病死によって幕を閉じる。
二人の間に子供はいなかった。
それ故、フロリナ王女は持参金として持たせた土地に色気を出した父王の判断で、土地と共に自国に連れ戻された。
その後10年ほどをこの国で過ごしていたのだが、四十を前にしてまた縁談が持ち上がった。
相手は同世代のやはり他国の王子である。
長く独身だったその国の第三王子は美男子ではあるが変わり者との評判があった。
苦労人のフロリナならこの変わり者の王子ともうまくやっていけるのではないかと考えた王子の年老いた母親から、彼女へ嫁入りの打診があったのである。
縁談が持ち上がってから手紙のやり取りをしているうちに、ふたりの心は次第に近づいていった。
そのため順調に話はまとまるものと思われていたのだけれど、王子は最近新たに持ち込まれた自分の半分ほどの年の他国の姫との縁談に目移りし、フロリナとの縁談の白紙撤回を求めてきた。
そのことを先日ルシファーの父親は王女に知らせたばかりである。
フロリナ王女が私的に使っている部屋に通されたルシファーは中央に置かれた長椅子に寝そべるよう命令される。
王女の部屋でそれは随分無作法のような気がしたけれど、彼は素直に従った。
しばらくすると年若い従医がやってきてルシファーの患部にひどく臭い軟膏のついた湿布を貼った。
ルシファーは王女の部屋に臭いを充満させたことを申し訳なく思う。
そして湿布を貼るためにズボンを下げ、出された臀部を見られたことについては恥ずかしく思った。
治療を終えて立ち上がった彼にフロリナ王女は質問する。
「あなたは…まだ若いわね。
いくつなの?」
この時ルシファーはフロリナ王女は自分の名前を知らないのだと気づく。
知らせの一族の当主アドルファスの子としての認識しかないのだと。
「私はルシファーと申します」と名を名乗ったあと17歳ですと答えた。
「そんなに若かったの。まだ子供じゃないの。
二十歳を超えていると思ったわ」
フロリナ王女が言う通りルシファーは背丈もあるし、態度も堂々としているせいか、昔から年齢より上に見られることが多い。
実際ませた男であったし。
「ルシファー、部屋を用意させるから今夜は城に泊まっておゆき。
その尻ではとても馬には乗れないでしょう」
王女はそう勧める。
「いえ…
大丈夫です。怪我には…慣れているので」
そう言ってうつむいたルシファーを見て、なにかこの青年は様子が変だと王女は思う。
彼女は自分の侍女と従医に部屋から出て行くように命じ、二人きりになってから尋ねた。
「あなたはなんの目的でこんな遅くに城に来たの?
王妃の招待客ではないのでしょう?」
あ、この方はまっすぐ自分の目を見て話しかけてくれている。
こんなふうに知らせの一族である自分と目を合わせて語りかけてくれる人がいたとは…
業務上付き合いの濃い広報係でさえ自分の目を見て話すことは稀だというのに。
ルシファーは自分に向き合ってくれるフロリナ王女に好意を覚えた。
彼はありのままを彼女に語る。
「家に…いたくなくて。
父の顔を見たくなくて。
行くあてもなく馬を走らせていたら、馬は私をここに連れてきたのです」
ふっと王女は笑う。
「つまり、家出中なのね?」
その優しい笑顔に触発されてルシファーは思わず口走ってしまう。
「王女様…
私は…
父の子供でしょうか?」と。
その問いかけに、この青年はいきなり何を言い出すのだ?と王女は少々困惑した。




