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城の廊下

ルシファーはとにかくここにはいたくないと思って馬に乗って屋敷を出た。

そして気がつけば城に来ていた。


来る途中、落馬して臀部をひどく打ってしまった。

彼は父親に引き取られてから乗馬を本格的に習ったので乗馬歴は浅い。

けれど動物が好きで運動神経の良いルシファーは上達が驚くほど早かった。

そんな彼にとって落馬は初めての経験。


この夜は馬の機嫌もルシファーの機嫌もわるかった。

落ちたあとルシファーは馬に詫る。


「すまない。悪かった。

私の苛立ちが君に移ってしまったんだな?

とにかく今は屋敷にいたくないんだ…

頼む、私をどこかに連れて行ってくれ…」


そう言って馬の走りたいように走らせた結果、馬は行き先に城を選んだのだった。




門番には忘れ物を取りに来たと告げる。

本来夜の入城には厳しいチェックがあるのだが、知らせの一族を不吉と思う門番は長く話すことを避けたい気持ちが働き、彼をすんなりと通した。


城内の中広間では王妃主宰の宴が執り行われていた。

以前ルシファーが招かれたことのある王妃の私的な集まりとは違い今日の集まりは公的なものである。

この類の宴に彼は一度も招かれたことがない。


ルシファーは会場になっている中広間の前を素通りして廊下をあてもなく歩き続けた。

不審者発見の為城の廊下は室内と同じ程度に明るくしてある。


ありがたいな、この明るさが…とルシファーは思う。




孤児院で暮らしていた頃。

まだ子供だった頃、夜ベッドでシクシクと泣く新入りの孤児を連れ出して庭に一緒に月を見に行ったことがある。

耳元に聴こえてくる泣き声が寂しさを刺激し自分の気持ちまで下がってしまう。

それから逃れるために。


火の不始末を恐れて、消灯後は一切の灯りをつけることを許されない部屋よりは月明かりのある外の方がずっと明るい。

その明かりの中でルシファーは少しホッとした。

新入りはまだメソメソとしていたけれど。


ルシファーは月明かりを浴びて変な踊りを踊った。

泣いていたはずの新入りはそれを見て笑い出した。

彼の笑いが治まってからルシファーは彼に語りかけた。


親との別れは寂しいだろうけど、ここはそんな思いを共有できる仲間がいるよ、中にはひどく根性の悪い奴もいるけど、大体はいい奴だよ。

もし困ったことがあったら僕が力になるよ、まあその場合は僕の子分になってもらうけど、と。


彼と顔を見合わせ笑いあった後、手をつないで部屋に帰る途中ルシファーは思った。


暗闇の中では無力だけど、明るいところに出ていれば僕は強くて優しい人間でいられるな、と。


そんな風に思った日のことを廊下のおびただしい数の燭台を眺めながらルシファーは回想する。




城の廊下はまるで迷路。

城は一つの建物ではなく、いくつもの建物が渡り廊下で繋がれた様な複雑な構造になっている。


突き当たりの角を明るい方に、明るい方に選んで歩いているうちに自分が今まで一度も足を踏み入れたことのない場所にいることにルシファーは気づく。


ここまで見回りの警備の者に不審に思われたくなくて淀みなく歩き続けてきた。

けれどさっき打った臀部の痛みがひどくなり、ついに足が止まってしまう。

思わず患部に手を当てた瞬間、後ろから声をかけられた。




「何をしている。

ここは王族の寝室のある棟。

王家直属の召使以外の進入は禁止されている。

そなた何者だ?」


振り返ったルシファーの目には地味な中年の女性が映ったた。


一瞬城の召使に見咎められたのだと思った。

がすぐに自分の勘違いに気づく。

ドレスの質が召使のそれとは違う。


フロリナ王女。

ルシファーに声をかけてきた女性は王の長女のフロリナ王女だった。


ルシファーは急いで床に片膝をつき礼をとり「申し訳ありません。

新参者ゆえ城内で迷いました」と謝罪する。

が、その後すぐ不覚にもバランスを崩し床に崩れてしまう。


苦痛に歪むルシファーの顔を見てフロリナ王女は訝しむ。


「怪我をしているのか?」


「…はい、先ほど馬から落ちました」


恥ずかしそうにルシファーが王女の質問に答える。


フロリナ王女はそんな彼を凝視した後、ああとうなずき、表情を和らげた。


「あなた、アドルファスの息子ね?」


ルシファーは崩れた体制を立て直そうとしていたのだけれど、かけられた言葉にひどく驚いてもう一度尻餅をついてしまう。


そのルシファーの驚きぶりに、逆にフロリナ王女が驚いた。


「何にそんなに驚いたの?」


「いえ…

父の名をファーストネームで呼ぶ方に初めて会ったものですから…」


そう言ったルシファーの顔にはまだ驚きの表情が残っている。


その様子を見てフロリナ王女は気の毒に…と呟いたのだがその声はルシファーの耳には届かない。


「手当てをしてあげましょう。ついてらっしゃい」と王女はルシファーに声をかけた。


ただの打ち身だ。手当てしてもらうほどの怪我ではないとルシファーは思ったのだけれど、かけられた優しい言葉に酔い、彼は素直に王女の後をついていった。

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