ライアの気持ち
ライアは気難しい少年だった。
けれど決して礼儀をわきまえていないわけではない。
また彼は賢かったが自分の考えを人に押し付けることもない。
だから、リンカが家を開ける時もなにかよほどの事情があるのだろうと察し、黙って彼女を送り出した。
あのシャツのことも聞かなかった。
取締で捕まったライアは警備使に自分が知らせの一族により捜索されていたことを知らされた。
そしてそれはライアの姉の頼みを知らせの一族が聞き入れてのことだということも。
なので彼は知らせの一族の当主にはそれなりの礼を尽くした。
ライアは当主に素直に家出に至るまでの自分の気持ちを語り始めた。
「僕はリンカの負担になりたくなかったのです。
姉は自分自身の欲の為に道を踏み外すようなことは絶対ないと思います。
けれど、母や僕のためならその則を越えてしまうような気がして怖かった。
その兆候があったから。
母はすでに姉の手を離れています。
僕は仕事を始めてすぐに体を壊しました。
今、姉に負担をかける存在は自分だけなのです。
姉が僕のために変わっていくのを見るのがとても嫌だった。
それに耐えきれず、僕は姉と離れる決意をしたのです」
ライアの言い分を聞いた当主は静かに諭す。
「…ライア、君の気持ちはわからなくもない。
けれど君の家出は君の想像以上にリンカを悲しませ取り乱させた。
君は黙って彼女のもとを離れるのではなく、姉を支えるために自分がなにができるかを考えるべきだったのではないか?
彼女が変わっていくのを防ぐべく」
「はい…
そう思います。
僕は浮浪児たちとの生活のなかで気づいたことがあります。
敵対するグループの闘争には参加できないが、僕には作戦を立てることは出来る。
逃げ道の確保やその方法、仲間の増やし方などを考えることも。
そしてそういう能力が仲間からとても重宝がられるということを。
そういう自分の能力を生かせる仕事を根気よく探せば良かったのだと思いはじめていたところでした」
根気よく…
最初は彼もそんな仕事を探していたのだろう。
が、多分リンカがこの屋敷に勤めていたせいで賢さを生かせる職には就けなかったのか…
それで止む終えず不得意な肉体労働に就き体を壊したのだな。
知らせの一族の存在を肌で知る都付近ではこれからも彼の能力を発揮できるような職は得られないだろう。
…
遠い土地でならリンカとライアは自立できるのかもしれない。二人で力を合わせ母親を養うことも。
そのための援助をすることはやぶさかではないが…
ライアは急に黙り込んだ当主を不思議に思いながら観察していた。
あの男とは違いこの人はなんと思慮深そうな紳士だろう。
けれど、彼には独特な不吉な雰囲気がある。まるで闇を纏っているような…
当たり前か、知らせの一族の当主なんだから…
知らせの一族…
この一族に関わってしまったがためにリンカの未来は閉ざされてしまった。
けれどリンカがここに勤めていなければ、もっと早い時期に僕たち家族は経済的困窮に陥りバラバラになっていたのかもしれない。
ある意味この一族はリンカが解雇されるまではその高給で僕たちを救ってきた。
この一族を恨むべきなのか感謝すべきなのかわからない…
ライアはそんな複雑な気持ちに陥っていた。
視線を感じたのか当主はふっと顔を上げた。
そしてライアに質問する。
「いくら体が弱くても君は本の2、3冊くらいは持てるだろう?」と。
「はい」とライアは答えた。
ならば君に提案があると当主はライアに自分が思いついたことを語った。




