リンカの憂鬱
家に戻ることを許されず、リンカは軟禁状態にあった。
給金をもらっているのだから、せめて何か仕事をしたい、その方が気が紛れるからと頼んだのだけれど、当主は彼女が宿直室から出ることを許さなかった。
彼女が宿直室を出られるのはサニタリーを使う時と、朝晩30分づつの散歩の時のみ。
その散歩には誰かしら使用人が同行する。
当主はリンカとビルドが屋敷内で顔を合わせることを避けたかった。
無駄にビルドを刺激したくなかったので。
宿直室の窓辺でただ外を見てぼうっと過ごすリンカの頭は弟のことでいつもいっぱいだった。
ほんとはこんなところに閉じこもっていないで、街を駆けずり回り弟を探したい。
ライア…
今どこにいるの?
なぜ家を出て行ってしまったの?
一人で生きていくと一言残されたメモを思い出す度にリンカの胃はキリキリといたむ。
体が人一倍弱いのに一人でやっていけるわけないじゃないの。
きっと今もどこかで辛い思いをしてる。
何も言わなかったけど、姉さんと都を出るのが嫌だった?
お母さんの近くにいたかった?
…ならそう言ってくれればよかったのに、黙って出ていってしまうなんて…
ああ、もし事件や事故に巻き込まれていたらどうしよう…
リンカは当主が約束どうりライアを探してくれているかも疑問に思っていた。
どうしてもあの人が好きになれない。
そしてあの人も私のことを嫌っていることは間違いない。
そんな人が真剣に私の弟を探してくれているのだろうか…
けれど今はあの時の当主様の言葉を信じて弟の発見を待つしかない。
悶々とした日々を過ごすリンカをイラつかせる存在が時々宿直室を訪ねてくる。
それはルシファー。
ルシファーは何を思ってか、時々リンカの様子を見にやってきていた。
リンカは廊下を歩く足音でルシファーが来たことを知る。
ノックの音がしたが無視した。
すると勝手にドアを開けてルシファーが入ってきた。
「勝手に入ってこないで!
着替えでもしてたらどうするのっ」
リンカはヒステリックに抗議するが「ノックをしたのに返事がないから。
ここを逃げ出したかと思って確かめるために開けたんだ」と悪びれることもなくルシファーは言う。
「…お願い、そろそろ家に返して、もし弟がふらり帰ってきたとしても私がいなかったらまた出て行ってしまうわ」
「それは大丈夫だ。君が今屋敷にいることを書いた手紙を雑務係に頼んで君の家のテーブルの上に置いてきてもらった」
「あの家は今月いっぱいで返すことになっているのよ。
もう2月も終わる…」
「それも大丈夫だ。家主に一ヶ月の延長を申し込んである」
「家に…帰りたい…」
「駄目だ。君は目を離したら何をするかわからない。
性格も良くないし、悪い企みを実行に移す行動力もある。
弟が見つかればいい。けれど見つからなかった場合君はどうする?また当家を逆恨みして悪さをするんじゃないか?」
「じゃあ私にずっとここで暮らせと?!」
そう叫んだリンカにルシファーは冷たく「さあ?」と言った。
ルシファーはごく稀にひどく冷たい態度を人にとる時がある。
普段は人懐っこく優しい彼がたまにみせるその態度は彼が整った人間ではないことを感じさせる。
「私は君が羨ましいよ。諜報活動のプロに人探しをしてもらっているのだから…」
その言葉に、私のせいでカリイナが行方不明になってしまったことを責めているのだとリンカは感じた。
まあそのことについて責められるのはしかたないことだと思い彼女は口をつぐむ。
会話が途切れた後、ルシファーはふてくされたリンカをしばらく眺めていた。
痣は少し残っているものの顔の腫れは引いている。
彼女のほんの少し青味を含んだピンク色の頬にはまとめきれなかった真っ直ぐに切り揃えてられた短い横の髪がかかっている。
白眼がないのではないかと思うほどの黒目がちの瞳。密な睫毛。
童顔、と言っていい顔立ちだなのだろうが、リンカはどこか色気を感じさせる。
「君は…ほんとに可愛らしい顔立ちをしているな」
突然そんなことを言われてリンカは驚く。
私はあなたの婚約者だったカリイナの仇でしょ?よくそんな浮ついたこと言えるわね!と思い。
「君もこの屋敷ではなく、一般の仕事に就いていたら、きっと誰かが君を見染めただろうに」
「…家族を二人も養わなきゃいけない私に給金のいいこの屋敷に勤める以外の選択肢はなかった」
「家族を捨てる選択肢はなかったのだな」
「当たり前でしょ!」
そう言い切ったリンカに「それがそうでもない人間もいるのだ…」とルシファーは遠くを見るような目をした。
彼の脳裏には共に孤児院で過ごした仲間の顔がよぎっていた。
「リンカは恋をしたことがあるか?」
ルシファーの突拍子ないの質問にリンカは驚き眉根を寄せた。
そしてきっぱりと答える。
「ない。そんな暇私にはなかった」
「でも君は私が好きだな?
時間と労力を費やして私とカリイナの仲を引き裂こうとしたほどに」
キッとリンカはルシファーを睨みつける。
なんでこの人そんな風に思えるの?と思い。
コイツのこの妙な勘違いを正さなければいけない!とリンカは力む。
「はっきり言うけど私はあなたを一目見た時から大嫌いだったわ。とにかくムカついてムカついて」
一瞬ルシファーは驚いた顔をした。
「そうか…
君はそのムカつきが恋だと気づかなかったのだな。
意外だが…
君はカリイナとは違うタイプの初心な娘だったのだな」
その言葉に益々リンカの頭には血が上ったが、口の端を上げて微かに笑っているルシファーを見て、あ、この人は私をからかって反応を楽しんでるんだと気づいた。
ルシファーはただ優しいだけの人じゃない。
善良そうに見えてもやっぱり知らせの一族の血統だ。
性格に癖がある。
ああ、むかつく!これ以上この人と一緒にいたくない!
「もうっ!お願いだから出て行って。そして二度とここには来ないで!
当主様に変な誤解でもされたら取り返しのつかないことになる!
弟を探してもらえなくなったらどう責任とってくれるの?!」
そう叫んだリンカに、また来るよと言い残しルシファーは宿直室から出て行った。




