条件
当主はビルドの事務室を出ると調理場に向かった。
ふだん接触する機会の少ない調理人のシンシアは当主が調理場に入ってきたことに驚いた。
「これは…
こんなところに…」と言ってリンカと向かい合って座っていたシンシアは思わず立ち上がる。
一方リンカは座ったまま顔を伏せた。
「顔を上げなさい」と言って当主はリンカの顎を拳で押し上げた。
そしてリンカの顔の軟膏を塗った箇所をまじまじと観察する。
「少し目も充血してるな…
腫れも出ている。が、医者にかかるほどではあるまい。
時間が経てば元に戻るだろう。
…殴られたのは顔だけか?」
こくりとリンカはうなずいた。
「リンカ、我が家の執事が大変申し訳ないことをした。
雇い主として謝る。
すまなかった。
が、君も当家に詫びることがあるな?」
リンカは再びうつむき「はい」と言った。
ここで当主はシンシアに調理場から出るようにと命令する。
呼ぶまで外に控えているようにと。
「さて、リンカ。
君がビルドの罪を見逃してくれるのなら、私も君の不法侵入を許そうと思うが…どうだ?」
「はい。それで結構です」
そう言うとリンカは突然当主の足元にすがりついた。
「お願いがあります!
本当はこんなこと頼める立場ではないのはわかってる。
けど頼れるところは元の雇い主である知らせの一族しか私には思い浮かばなかったんです。
弟が、弟が行方不明になったんです!どうか探すのにお力をお貸しください!」
リンカは心の底からこの行動を恥ずかしく思う。
もう一人の自分が宙から当主にひれ伏す自分を見ているような気がする。
惨めなだ…
あんなに嫌っていた知らせの一族にこんな姿を晒して。
けれど今は利用できるものは利用しなければ。
なりふりなんかかまってられない。
ライアの、ライアの消息を知ることさえできるなら私はどんなことだってする。
あの子までいなくなったら私は一体今まで何のために頑張ってきたのかわからないっ!
当主は興奮しているリンカを立ち上がらせ再び椅子に座らせてから、事の顛末を最初から話させた。
話を聞き終えた当主は「わかった、君の弟を探すのに力を貸そう」と彼女に告げた。
一瞬リンカの表情がゆるんだ。
けれど「ただし条件がある」と言われて再び顔が引き締まる。
そんな彼女に当主は言う。
「二度と息子の優しさにつけ込まないでくれ。
…
リンカ、言ってる意味がわかるな?」と。
「はい」とリンカは答えた。
この状況下では、はいとしか言いようがないではないかと思いながら。




