騒動
ルシファーが階段を駆け下りて行くとホールの先の玄関の扉は大きく開いており、エントランスにリンカがうずくまって倒れていた。
傍らにはビルドが立っていて、その周りを数人の使用人が取り囲んでいる。
「何があった?!」
ルシファーはリンカを見下ろしているビルドに尋ねた。
「リンカが…
リンカがルシファー様に取り次ぎをと駆け込んできたのです。
どの面下げてこの屋敷に来たかと思い…
気がつけば、殴りつけていました」
そう言うとビルドはへたり込んでいるリンカの腕を持ち立ち上がらせようとした。
「さあ、これから警備所に行くぞ。
お前は不法侵入の罪で、私は暴行罪で罰せられるだろう」
ふっとビルドはリンカからルシファーの方に視線を移す。
「私たちは共にその罪の罰を受けてまいります。
その前に私はこの屋敷の執事を辞させていただきます」
それを聞きルシファーは慌てた。
「待て、ビルド!
その前に詳しい経緯を…
いや、その前に、リンカの手当てを」
そう言ってルシファーはしゃがみリンカの顔を見た。
ちょうど左の眉の端と、唇の端が赤くなっている。
その場所をルシファーは触った。
「骨が折れてることはなさそうだな。が、後から腫れてきそうだ」
ルシファーはそう言った後尋ねる。
「ところでリンカ、お前は何の用でこの屋敷に来た?」
「弟が…弟が…」
そう言ったきり言葉を続けられないリンカに代わってビルドが説明を始めた。
「彼女の弟が三日前から行方不明になってるそうです。
方々探したようですが見つからず、困り果ててルシファー様に捜索の協力を頼もうと思いここに来たようです」
それを聞きルシファーは呆れてしまう。
あんなことをしておきながらよく私に頼みごとをしようと思えたものだと。
と同時にリンカはあの時自分が言ったことを守りちゃんと昼間に玄関からこの屋敷を訪ねてきたのだなとも思った。
彼はリンカを責めたい気持ちをのみ込んだ。
「ビルド!この屋敷で1番の古株は誰だ」
「調理場のシンシアでございます」
「ではシンシアにしばしリンカを預ける。
手当ても彼女に任せる。
食事の支度は遅れても構わない。
そしてビルド、君は父上が戻られるまで事務室で控えているように。
今後のことは父上の指示を仰ぐ」
ビルドは何か言いかけたが、はいと答えた。
使用人の一人ががリンカを調理場に連れて行くのを見送ると「さあ、皆持ち場に戻れ!」とルシファーはその場に残った使用人たちに命令した。
知らせから帰ってた当主はルシファーから事情を聞き急いでビルドの事務室を訪ねた。
ビルドはまず屋敷を辞めさせて欲しいと当主に告げた後、珍しく自分の胸の内を語った。
「解雇の件でリンカは逆恨みしたのです。カリイナ嬢を。
それでカリイナ嬢への復讐として彼女とご子息との仲を引き裂く為の謀略を練ってこの屋敷に夜中侵入しました。
もしこれが…当主様を恨んでいた場合はどうだったでしょうか?良くない輩とつるみこの屋敷に押し入っていたらどうなっていたでしょうか?
私はそんな事を考えたらリンカの不法侵入がどうしても許せなかったのです。
そのリンカがルシファー様に会わせろと白昼堂々と訪れたものですから、その不敵さに腹が立ち我を忘れて暴力を振るってしまいました。」
「…」
一見、正義感もしくはこの家の事を思いやっての行動のようだが、そうでない事を当主はわかっていた。
ビルドはこの屋敷をつつがなく差配する彼の美しい仕事を傷つけたリンカが許せなかったのだと言うことが。
当主は前々からビルドには注意を払ってきた。
優秀な男であることは間違いない。
けれど彼は思考に偏りがある。
この男は…一歩道を踏み外せば自分の正義を信じ、どこまでも非道になって行くような気がする。
人を差配する仕事こそが正常をもたらす唯一のものであろう彼を辞めさせるわけにはいかない。
それに彼なしでは当家の使用人の管理はままならない…
「ビルド、リンカの罪と今回の君の罪、相殺するわけにはいかないか?」
「できません。私はリンカが許せないように、感情を押さえられなかった自分自身も許せません」
「そうか…
君の気持ちはわかった。
私も暴力は嫌いだ。
が、私は君の辞職を許さない。
君は知らせの一族の執事として裁きを受けに行け」
当主はビルドを脅しにかかった。
「知らせの一族の屋敷の執事としてならリンカと一緒に出頭しても良い。
私は君の雇い主として共に事情聴取を受けよう。
この侵入事件と暴力事件は知らせの一族の屋敷で起きた不祥事として面白おかしく新聞に取り上げられて国中に広がるだろう」
知らせの一族の執事として長年屋敷をつつがなく支配してきたことが密かな自慢であるビルドが自分の不始末で雇い主の名を傷つけることに耐えられるはずもなく、彼は当主の脅しに屈するほかなかった。
ビルドはリンカさえ承諾するのならばと、お互いの罪を不問にすることを不本意ながら受け入れた。




