達成感
リンカの風邪は長引き、完全に本調子になるにまでには1カ月ほどの時間を要した。
彼女が寝たり起きたりしている時期に元同僚が一回だけ家を訪ねてきた。
「あんた、大変なことしちまったね。
カリイナさんが屋敷からいなくなったのはあんたが坊ちゃんに手を出したからだってことになってるよ。
カリイナさんを気に入っていた当主様は怒ってあんたを警備所に突き出すかもしれないよ。
あんたが夜中に窓を外して不法侵入したって。
あの人案外野暮だね?男女のことでそんなことを問題にするなんてさ。
それに過保護だよね、意外と。
だから私はあんたに早くここからお逃げって言おうと思ってきたんだよ。
私はあんたが好きではなかったけど、カリイナさんのことはもっと好きじゃなかった。
だから…ほんと言うとさ、よくやったと思って」
リンカはこの来客によって初めてカリイナが屋敷を出たことを知った。
「嫌な娘だったよね。
孤児院で育ったかわいそうな子風だったけど…
その実あの子は常に誰かに守られてぬくぬく生きてきた娘だったと思う、私は。
親がなく、ひとりぼっちってかわいそうだって言うけど自分の身以外なにも背負ってないじゃないか。
確かに自分ひとりの力で一人で生きていかなきゃいけないって大変なことだよ。そりゃ寂しいだろうよ。
でも私やあんたみたいに背負わなきゃいけない身内がいるっていうのも結構しんどいことだよね。
そう思わないかい?」
リンカは黙って頷く。
達成感のため笑いが込み上げてくるのを押さえつけながら。
リンカが心ゆくまで微笑んだのは来客が帰った後だった。
2月半ば、やっと本調子になったリンカは忙しく立ち回っていた。
借家の契約の解約、家財の現金化、持っていくものの荷造り、今後の落ち着き先の選択、どうすれば最安値で目的地にたどり着けるかのルート検索。
どれもウキウキしながらその作業に臨んだ。
リンカはなんとなくあの父子は私を警備所に突き出したりはしないだろうと思っていた。
こうして都を離れるのは元々の計画なのだ。
都では知らせの一族の屋敷に勤めていたことが知られてしまう恐れがあるから、安心して働けない。
ただ、母のことを考えると急に気持ちが落ちる。
…今はしかなたい。
お母さんにはしばらく我慢してもらうしかない。
とりあえず先に弟との生活の基盤を作ってから母を呼び寄せようとリンカは思っていた。
ふ…それにしても、本当はルシファーにカリイナを捨てさせたかったのだけれど。
私とルシファーのことを誤解して彼女が傷ついて出て行ってしまったとすればそれはそれで愉快な気がする。
今、ルシファーは私のことを恨んでいるだろう。
でもそれは一時的なものだ。
ルシファーはセシルとよりを戻せばいい。
その方がカリイナと結婚するより絶対幸せになれる。
セシルの元に行けばあの手紙が偽物だということがバレてしまうだろうけど…
お互い会えばまた気持ちに火がつく。
彼もきっといつかセシルと再会するきっかけを作った私に感謝するようになる。
ルシファーは…ルシファーはセシルと幸せになればいいとリンカは思った。




