父の道楽
ルシファーの父は着道楽であった。
彼は身なりを整えるのにかなり気を使っている。
どんな集まりに出てもその場で一番シックで高級感を感じさせる装いを見せていた。
それは彼ら一族を受け入れようとしない世間への対抗心からなのか、生来の趣味なのかはわからない。
知らせの一族の洋服の仕立ては王室の縫製部が請け負っていた。
民間の仕立て屋は風評被害で他の顧客離れていくことを恐れてこの屋敷に出入りしようとしないからである。
ルシファーの父親は王室の一流の仕立て職人を相手に、自分の納得の行くまで繰り返し仮縫いをさせていた。
カリイナのドレスを作るための布を彼女に選ばせる際も自がら付き添い事細かくアドバイスをしていた。
屋敷に来たばかりのルシファーに服を作った時と同じように。
彼は宝石も好きだった。
いつも凝ったデザインのカフスボタンやブローチをつけていたし儀礼用に持つ剣には王族並みの宝飾が施されていた。
彼の寝室にある頑丈な金庫にはかなりの数の宝飾品が蓄えられている。
宝石商は年に何回かこの屋敷に出入りしていた。
皆他国の宝石商である。
やはりこの国の宝石商は世間体を考えてこの屋敷へ出入りしようとしなかったので。
装飾品にまつわることでルシファーには不思議に思っていることがある。
色石を好む父なのにいつも肌身離さずつけている大ぶりのロケットは銀細工の地味なものなのだ。
彼の好みからは大きく外れているような気がする。
お洒落でつけているわけではないのだろうなと思い、いったいあれにはどんな絵が入っているのだろうと興味を覚えていた。
2月の初め、屋敷に隣国の宝石商がやってきた。
ルシファーがこの屋敷にきたばかりの頃にもこの宝石商は来た。
その時は父親にエメラルドのカフスボタンを買うよう勧められたが、その値段に驚きルシファーは宝石の付いてない金のシンプルなものを選んだ。
今回も父親の買い物に同席するよう勧められ、最初は断ろうと思ったのだが、この国の人間とは違い気さくに話ができる老夫婦の宝石商であったことを思い出して、彼は父の買い物に付き合うことにした。
ルシファーは父と共に異国の話などを聞きながら別珍の貼られたトレイに綺麗に並べたられた商品を何気なく眺めていた。
彼はその中の一つに目を留める。
それはカボションカットされた空色のサファイアのカフスボタンで、数あるサファイアのなかで一番色の薄いものだった。
思わずルシファーはそれを手に取る。
そんな彼に宝石商や父親はサファイアは色の濃いものが質が良いのだと言い、彼に海の色のものを勧めた。
ルシファーはしばらく色の薄いサファイアを手の中で弄んでいたのだけれど、それを元の場所に戻し宝石商の勧めに従い色の濃いサファイアを購入することにした。
父親は後から思う。
最初にルシファーが手にしたサファイアは彼女の瞳の色だった…
あれを買わせてやればよかったな、と。




