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カリイナのお菓子

父親に叱られた翌朝、共に登城する際は気まずさを覚えたルシファーだったが、次の日にはわだかまりが消えていた。


ルシファーは元々さっぱりした性格であったし、大儀な仕事に気を取られたこともあって、父親に叱られたことをいつまでも引きずってはいなかった。

が、カリイナはそういうわけにはいかない。何事も気にする性格なので。

彼女はルシファーの父親の前で今まで通りに振る舞おうとすればするほど、逆にギクシャクしてしまう自分を情けなく思う。


気分の沈む日々を過ごしていたカリイナは数日後当主の書斎に呼び出された。

ルシファーと二人で呼ばれることはこれまでも何回かあったが、カリイナ一人で呼ばれたのは今回が初めて。

なので、彼女はこの呼び出しにひどく緊張した。




「カリイナ、この前はすまなかった。

ルシファーのせいで君に困った思いをさせたであろうに、勢いあまって君まで叱ってしまって…

本来、父親としてあの時の息子の不埒な行為を詫びるのが先だったな」


そう当主に頭を下げられてカリイナは困惑する。

いろんな言い訳をしたかったが言葉が出てこない。


「ずいぶん無粋な親だと思われたかもしれない。

あの程度のことなら見逃す親もいるのかもしれない。

けれど当家には当家の事情がある。

時が来たら君たちにもあの時叱った理由を話そう」


カリイナは当家の事情って何だろうと思い、少し不安になる。


「それと私には君には礼を言わなければならないことがある。

使用人の件。

君の勧め通り使用人を減らしたら、彼らの態度はずいぶん改まった。

すれ違う時など深々とお辞儀をするようになったし、出される料理の味は向上した。

前よりはずっと屋敷が快適な場所になった。


これもあの時君が使用人に厳しい態度をとってくれたおかげだ。

彼らは雇用の危機に際し、自分達の立場や、主人に対してはどんな態度で接するべきかを思い出したのだ」


なにか気の利いた言葉でこの謝意に答えたかったけれど、やはりカリイナの口からはなにも出てこない。


当主は言葉を続ける。


「私は君がここに来てどんなに頑張っているかを知っている。ルシファーのために」


あ…嬉しい…


カリイナの胸には自分を見守ってくれている当主の優しさがじわり染みてきた。

と同時にこの優しい人が人々に忌み嫌われているという理不尽に悔しさを感じる。


ルシファーの父親は話を終えると彼女に最新刊のスタイルブックと共に王室の慶事で配られた菓子の箱を差し出した。

部屋に帰ってルシファーと食べなさいと言って。




カリイナの部屋ではルシファーが心配して彼女の帰りを待っていた。

部屋に戻ったカリイナに彼は尋ねた。いったい何の話だった?と。


カリイナの分のお茶を用意するためにメイドが部屋を出て行ったのを見届けてからカリイナは答える。


「この前は叱りすぎて悪かったと…あと使用人の件で私に感謝してるとおっしゃってくださって」


「そうか…ん?抱えているその箱は何?」


「お菓子。ルシファーと食べなさいって下さったの」


カリイナはテーブルの上で箱にかかっていたリボンをほどき蓋をそーっと開ける。

中にはメレンゲでコーティングされたアーモンドの菓子が入っていた。

パステルカラーに彩られたそれらを見てカリイナはうっとりする。


その箱の中にザクッと手を入れてルシファーが何粒か掴み上げた時、カリイナはきゃあと声を上げた。


「なんだ?カリイナ、その声は」


「ル、ルシファー、そんなにいっぱい…」


抗議めいた口ぶりのカリイナを前にルシファーは手にしたそれらを口に放り込む前にケチと呟く。


カリイナは慌ててお菓子に蓋をした。


「独り占めするつもりか?父上は二人で食べろって言ったんだろ?」とルシファーはその行為を非難する。


「だってそんな雑な食べ方するから」とカリイナは力んで言った。


ん?

なにムキになってるんだ。

…この態度。カリイナのくせに生意気だ。


ルシファーはお菓子の箱を取り上げ彼女の手が届かないよう自分の頭上に上げた。

するとカリイナは必死になって返して返してと迫ってきた。


今まで見たことのないカリイナの必死な姿。

顔を赤くして上を向き、箱に手を伸ばしピョンピョン跳ねている。

その滑稽さにルシファーは思わず声を出して笑ってしまう。


ルシファーがこんなに笑ったのはこの屋敷に来て初めてのことだった。




「はは、意地悪してごめん。

ほら、返すよ、返す。

僕は人に優しくするのと同じくらい意地悪するのも好きなんだ」


ルシファーに箱を返してもらったカリイナはそれをギュッと抱いたまま椅子に座った。


「もう…絶対ルシファーにはあげない。

これは私が毎日一粒づつ大切に食べる…」


カリイナはそう言って返してもらった菓子の箱を膝の上に置いてから蓋を少しずらし、中から一粒アーモンド菓子を拾う。


「今日の分…」と言って小さい菓子をカリカリと前歯で齧るカリイナの左手はしっかり箱の蓋をおさえていた。


その様子を見てルシファーはなんだか欲張りなリスみたいで可愛いな、と微笑ましく思う。

そしてこれくらいは許されるだろうと、モグモグしている彼女の頬にそっとキスをした。窓から差し込む午後の明るい日差しの中で。

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