懺悔
冬の朝、誰もいない片田舎の教会でリンカは一人懺悔していた。
これから犯すであろう罪を。
知らせの一族の屋敷を解雇されたリンカの怒りや屈辱に支払われた対価は貰っていた給金の三ヶ月分ほどだった。
知らせの一族で働いていた三年の間の給金は節約して貯めていた。
けれどそれはそんなに多くの額ではない。
寝たきりの母親や身体の弱い弟の生活全てをリンカの給金で賄っていたのだから。
屋敷を解雇される前、リンカはある計画を立てていた。
申し訳ないことではあるが、母を費用の安い民生院に預けて母親にかかっていた分の生活費を浮かし、その分を弟を建築学校に行かせる費用にしようと。
弟は小さい頃から建築物に強い興味を持っていた。
本人は大工になるのが夢だと言っている。
けれど、虚弱体質の彼に肉体労働は無理だろう。
なんとか建築学校に通わせて図面を引けるようにさせてあげたい、手に職をつけさせてあげたい、そしてやがて弟が自立できるようになったら、民生院から母を連れ戻してまた私が面倒を見ればいいとリンカは思っていたのだった。
けれどその計画は知らせの一族の屋敷を解雇されたことによって崩れ去ってしまった。
弟は学校を諦め、左官職人の見習いになった。
そして一週間もしないうちに身体を壊し寝付いてしまった。
この先病人を二人も職のないリンカが養うことはできない。
結局母は無料の民生院に預かってもらうことになった。
預ける予定だったところとは別の劣悪な環境の民生院に。
母親を民生院に預けた日リンカは決心をする。
カリイナへの復讐を。
いつの間にかリンカの知らせの一族へのあらゆる恨みはカリイナに集中していた。
彼女さえ屋敷に来なかったら私の家族はこんな目に会わずに済んだ。
私は今までだって充分不幸だった。
悔しい思いもいっぱいしてきた。
そんななかでも道を踏み間違えずに一生懸命生きてきた。
正しくあろうと頑張ってきた。
でも…もういい…
私は正義を捨てる!
復讐したい。
どんな手を使ってでも憎いカリイナに!
私たちを不幸に導いたあの女にも同じような苦しみを味あわせたい。
体ではなく心を傷つけたい。
カリイナの。
そのためには…
「ライア、聞いて。
姉さんはしばらく家を留守にする。
まだ本調子ではないあんたを置いていくのは心苦しいんだけど。
あんたの世話は隣のおばあさんに頼んでおいた。
ちゃんと世話代を払ってあるから遠慮なく頼みごとをしていいのよ?
しばらくの生活費を置いていくわ。
この生活費がなくなる前には必ず帰ってくる。
だから…
だから姉さんの勝手な行動を許してちょうだい」
リンカの弟はひどく心細い気がした。
けれど彼は「わかったよ」と一言言っただけだった。
どこに行くのとも何をしに行くのとも尋ねなかった。
リンカはカリイナを苦しめるための方法がたったひとつしか思いうかばなかった。
いつも幸せそうにはにかんでルシファーを見つめていたカリイナ。
リンカはルシファーを彼女から奪ってその幸せを壊してやろうと思った。
残念ながら私には彼を誘惑する技術はない。
けれど、何か別に方法があるはず。
とりあえず彼らが暮らしていた孤児院近くで情報を集めよう。
きっとあの二人を引き離すヒントが見つかる。
リンカはそう考え、この村にやって来て、食事と寝床を提供してもらう条件でほとんど給金をもらわず教会の下働きとして働いていた。
教会は情報を集めたいリンカにとって格好の職場だった。
実際そこで彼女は彼女の欲しかった情報を手に入れる。
ルシファーの性格や行動パターン。カリイナの性格や言動の癖。
ルシファーには婚約者がいたこと。
孤児院の中庭での出来事。
それらを一つ一つ知るたびにリンカはワクワクする。
特に最近小間物屋で働くようになったセシルの存在はリンカにとって希望の光となった。
リンカは小間物屋の客として何回かセシルと会った。
女の自分でさえずっと見ていたくなるようなはつらつとした美しさ、ちょっとした受け答えに滲み出る気立ての良さ。
人としての魅力がカリイナとは比べものにならない。
ああ、彼女は…使える!
ある計画を思いつき、その準備が済んだリンカはこの教会を去ることにした。
そして旅立つ日の朝、静かに神に懺悔したのだった。




