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第5話 騎士見習いと妹と思い出のサバ(1)

『スイート・マギア・クロニクル』内における攻略対象男性キャラ。


・アラン

 十八歳。隣国の王子。ディアンヌの元婚約者。金髪碧眼。

 性格は実直で生真面目。特技は剣技。

 好きな食べものはチーズ。


・シャルル

 十七歳。伯爵令息。学院生でアランのルームメイト。黒髪黒い瞳。

 お調子者だが憎めない性格。見た目によらず博識。得意分野は天文学。

 好きな食べものはスイーツ全般。


・デューク

 十八歳。平民出身。学院生で騎士の卵。茶髪に鳶色の瞳。長身。

 無表情で口数が少ない。大食い。剣の他に弓矢と槍も得意。

 好きな食べものは肉。


・エチエンヌ

 二十二歳。異国からの流れ者。学院図書館の司書。銀髪に紫色の瞳。痩せ型。

 温厚だが毒舌。一度読んだ書物の内容は忘れない。

 好きな食べものはポトフ。


 ゲームでは、全員一通り攻略した。

 でも、プレイした記憶が今いる『マギクロ』の世界で役に立つのか、不安になってきた。



     ☆



 その夜、私ことディアンヌは、父である侯爵の部屋に呼び出された。


「お呼びでしょうか、お父様」

 ディアンヌと同じ、青緑色の髪にエメラルド色の美しい瞳をした壮年の男性は、「座りなさい」と向かいのソファを示した。

 悪役令嬢の親とは思えないほど、凪いだ水面みなものように穏やかな眼差しをした父は、微笑みをたたえたままこちらを見つめる。

 ディアンヌは、髪と瞳の色は父親似で、顔の造作や表情は母親似らしい。先ほど顔を合わせた母は、金髪碧眼の絶世の美女だった。


「聖女試験は残念だったね」

「申しわけございません。わたくしの力不足ですわ」


 私は、潔く頭を下げた。

「顔を上げなさい、ディアンヌ。僕は、君を叱るために呼び出したのではない」

 予想外の言葉に、私は顔を上げて首をかしげた。

「アラン王子から一方的に婚約解消を言い渡されて、傷ついているのではないかと心配でね」

 あれは……一方的なんかじゃなくて、ディアンヌが重ねた悪事が明るみになって、アランが愛想を尽かしたのだ。落ち度があるのはディアンヌであって、アランではない。

「サーラとの不仲が招いたことだと、僕の耳には届いているのだけれど、さっきの君たちの様子を見ている限りでは、なんだか違う気がしたんだ」

「さっきの?」

 問い返すと、父は穏やかに微笑んで答えた。

「使用人たちから聞いたよ。サーラに手料理を振る舞ったそうじゃないか。とても喜んで食べてくれたと。それに、君は彼女の悩みに耳を傾けていたそうだね。良い友人にめぐり会えたようで、嬉しいよ」

「ああ……」

 なるほど。

「国王陛下と学院長に掛け合って、聖女試験の続行とまでは行かなくても、退学の撤回を求めようと思うんだ。せっかく二年間も頑張ったんだ。卒業したいだろう?」

「…………」


 まただわ。

 また、ゲームに存在しないシナリオが発生している。


 これは、受け入れてもいいのかしら?

 国外追放を免れるということで、素直に「はい」と答えて大丈夫なのかしら?


「ディアンヌ、嫌かい?」

「い、いいえ。お心遣い、感謝いたしますわ。ありがとうございます、お父様」


 よくよく考えたら、ゲームの『マギクロ』は常にサーラ視点で進んでいるのよね。

 公式では描かれていないディアンヌサイドの物語なんて、何がどうなっているのかわかるはずもないんだわ。


 とりあえず、父の提案を受け入れ、私の悪役令嬢初日は幕を下ろした。



     ☆



 二日目の朝。

 屋敷裏の畑でトウモロコシとカボチャを収穫し、鶏小屋で生みたての卵を三個手に入れた。

 料理長が血抜きした鶏を丸ごと一羽分けてもらい、ナイフで捌き、寸胴の鍋で骨から出汁を取る。


「おはようございます、ディアンヌ様!」


 まだ朝の六時前だというのに、ベルナルドが勝手口からひょっこり現れた。

 一体、何時に起きて王宮から移動してきたのかしら。


「おはようございます、ベルナルド様。わたくしが厨房にいると、よくわかりましたわね」

「正面からお邪魔しようとしたら、庭師さんが教えてくれたんです」


 無邪気で可愛らしい、天使のような笑顔を振りまいているけれど、ゲーム内では目的のためなら手段を選ばない策士である。

 幸い、ディアンヌに懐いている様子なので、今のところは無害とみなしていいみたい。


「ベルナルド様。お一人でいらしたのですか?」

 城下ではあまり顔が知れていないとはいえ、彼は隣国の王子なのだ。

 自由にほいほい出歩いていい身分ではない。

「今朝は、彼についてきてもらいました」

 勝手口の扉の陰から、一人の青年が入ってきた。


 簡素ながらも手入れの行き届いた略装。

 二メートル近くありそうな長身。

 毛先が無造作に遊ぶ髪の色は栗色で、瞳は鳶色。

 腰に長剣を刷いた若い青年は、無表情でこちらに会釈をした。


「ごきげんよう、デューク様。ベルナルド様の護衛で?」

「ああ」

 デュークは短く答えた。

 彼もゲームの攻略対象キャラだけれど、シナリオ上ではディアンヌとの接点はほぼない。


「ディアンヌ様。今朝は何を作るんですか?」

 どうやら、ベルナルドは朝食を抜いてやってきたようだ。

「今朝は、鶏をメインにこしらえようと思いますの」



 一品目、チキンソテーのクリームがけ。

 もも肉に切り込みを入れ、塩胡椒で下味をつける。

 薄くスライスしたタマネギとキノコをフライパンで炒め、一度皿に取る。

 下味のついたもも肉の表面をこんがりと焼き、中までじっくりと火を通す。

 タマネギとキノコを合わせ、小麦粉を加え炒める。

 粉っぽさがなくなったら牛乳を加え、とろみがつくまで煮詰める。

 出汁のスープ、塩胡椒を加えて味をととのえる。


 二品目、フライドチキン。

 前の世界では、全人類共通で愛されていたアレ。

 調味料と香辛料でむね肉に下味をつけ、小麦粉をまぶして、高温の油でしっかり揚げる。


 三品目、チキンピラフ。

 フライパンにバターを引き、生米が透き通るまで炒める。

 刻んだ野菜と鶏肉、出汁のスープを加え、お好みの硬さになるまで炊く。


 四品目、オムレツ。

 普通のチーズオムレツ。




「どうぞ、召し上がれ」

「うわあ……!」

「これは……」

 厨房の隅にある小さな木の机に皿を並べると、ベルナルドはもちろんのこと、無口で無表情なデュークまでもが目をきらめかせた。

「デューク様。朝食がまだでしたら、召し上がって行かれませんこと?」

「そんな……いいのか? こんな、宮廷料理のような贅をつくした食事を……?」

 前の世界ではごく一般的なレシピだけれど、『マギクロ』の世界だと、とてつもなく豪華に感じられるらしい。


 小さな食卓についたベルナルドとデュークは、この国の神に祈りを捧げた。

 私も、彼らに倣って両手を組み、祈りの言葉を囁いた。

「それでは、いただきましょう」

「「いただきます」」



「ん~~~~~~~! ディアンヌ様、今日のお料理も絶品です。究極です。至高です。すっごくすっごくおいしいです!」

「なんだこれは……!? 初めて口にする味……。ディアンヌ殿、これは神の食べものか? 貴女は実は、神の御使いなのか……?」

 よほど衝撃的だったのか、無口なデュークが驚くほど饒舌になっている。

「美味だ……素晴らしい……」

「でしょ? でしょ? ディアンヌ様のお料理はすごいんだよ!」

 食べ盛りの男子二人によって、皿はあっという間に空になった。

 私は、ほとんど口をつけていないのだけれど……まあいいか。

 あとで、スープの残りでオニオングラタンスープを作ろうかしら。


「おいしかったー。ごちそう様でした!」

「至福の時間を過ごさせてもらった。感謝する」

「喜んでいただけて何よりですわ」


 そういえば、「私」と「ディアンヌ」には「料理が得意」という共通点があることに、たった今思い至った。

 私が彼女に転生したのは、はたして偶然なのかしら。それとも……。


「ディアンヌ殿」

 食後のタンポポ茶を美味しそうに飲み干したデュークが、神妙な顔つきで向き直った。

「貴女の料理の腕を見込んで、頼みたいことがある」

「……と、言いますと?」

 問い返すと、デュークは小さく深呼吸をしてから、あらたまった様子で口を開いた。



「貴女の料理で、俺の妹を病から救ってほしい」

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