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第一話

「この化け物。この村から出てけ。」

そんな声と共に投げつけられた石が足元に転がる。

かつん、かつんと音を立て、暴言と共に次々と投げられては地面にぶつかり転げていく石を眺めながら、りんは呆然とこれは仕方がないことだと思っていた。

「お前のせいで山下のみんなは死んだんだ。」

解ってる。崖崩れが起こることがわかってたのに、わたしはみんなを避難させる事が出来なかった。

「お前が橋が落ちるなんて不吉な事言うから本当に橋が落ちて太一たいちが怪我したんだ。」

橋が落ちたのはわたしのせいじゃない。でも、わたしがもっとうまく橋に近づかないように伝えられていれば、いっちゃんはきっと怪我をしなかった。

そうやって次々と投げつけられる石と暴言に、凛は胸が苦しくなって泣きたくなった。

いくら投げられても石は自分に当たらない。それがまた不気味だと、やはり凛は化け物なのだと、自分を揶揄する声を聞きながら、凛は自分に投げつけられた石が自分に当たらないようにせかせか動き回り、飛んでくる石を受け止めたり叩き落としたりしている人ならざるモノ達を眺め、そんな事してくれなくてもいいのに、と思いつつ、ありがとうと心の中で感謝した。

七つの時、凛は神隠しにあった。半年ほど行方がわからなくなった後五体満足のまま無事に戻ってきはしたが、それ以来凛は人には見えぬものが見え、人には知ることのできないことを知り、人にはできない事ができるようになった。ただそれだけのこと。それ以外は何一つ変わっていないのに、そのせいで、凛の世界は一変した。

神隠しから帰ってきた時は幸せだった。行方不明になった我が子の身を案じ憔悴しきった両親には帰還を酷く喜ばれ、村のみんなにも暖かく迎えられ。本当に帰って来れたのだと、嬉しくて、嬉しくて、心底安心した。帰って来れて本当に幸せだった。でも、その幸せな時間は長く続かなかった。

神隠しから戻ってきてから凛は、度々おかしなことをするようになった。何もない所に視線を向け、いないモノを追いかけて、見えないものと話すようになった。そんな凛は周りから不気味がられるようになり、神隠しにあって頭がおかしくなってしまったのだと噂され、関わり合いにならない方がいいと、しだいに人は凛から遠のいていった。

神隠しにあって頭がおかしくなってしまった可哀想な子。そう言われ遠巻きにされていただけの凛の扱いが、より酷いものに変わったのは、凛が九つになった頃だった。

その年は雨の多い年だった。長く続いた雨がようやく止んで、久しぶりにカラッと晴れた空模様に村の人達は喜んでいた。そんな頃、凛は崖崩れを予見した。自分の見たものの恐ろしさに泣き叫び、逃げろ、逃げろと大人達に泣きついた。山下一帯の家が潰れてしまう、早く、早く、そこにいちゃダメだ。泣いて泣いて大泣きしながら訴えて、でもそれは聞き入れられることはなかった。それはただ怖い夢を見ただけだと言われ、慰められた。夢じゃない。そう思うのに、幼い凛には話半分でしか自分の話しを聞いてくれない大人達をどうすることもできなかった。泣き付き続けた結果は、いい加減しつこいと、雨が続いてできなかった仕事をしなくてはいけないのだからお前の相手をしている暇はないのだと、仕事の邪魔をするなと怒られて、追い払われて、お終いだった。それが悲しくて悲しくて、凛はシクシク泣き続けた。その姿を見た人々は眉根を寄せ、不気味な奴だと、本当に気味が悪いと凛を嫌悪した。そして実際に崖崩れが起きた時、それが凛のせいにされた。

山下の者達が凛を蔑ろにしたから、凛に祟られ殺されたのだと、そんな噂が実しやかに囁かれるようになった。みんなが口々に言う。自分は見た、凛が山下を呪っている姿を。そしてそれ以来、凛は明確な憎悪や悪意を向けられるようになった。

それでも凛は、厄災を予見する度に人々を助けようと訴え続けた。ただ泣き喚くのでは届かないから、どうしたらいいか考えて、考えて、考え抜いて、いつだってみんなを助けようと必死だった。その結果、助ける事が出来た時もあった。でも助けられない事が多すぎて。話しを聞いてもらえない事が多すぎて。助けられたはずのものを助けられない現実に、凛は辛く悲しくなった。そしてそんな凛に追い打ちをかけるように、助けられなかった全ての事の原因が凛のせいにされ、いつしか些細な不幸でさえ、全ては凛の仕業だと言われるようになってしまった。

辛かった。苦しかった。でも泣けば泣くほど状況は悪くなった。暗い顔をしていれば人の不安や不快感を煽るから、凛は努めて明るく振る舞った。それが尚更不気味だと中傷されたが、自分がみんなを呪っていると思われるよりはましだった。まだ不幸を呼ぶ存在だと怖れられ避けられる方が、みんなを怨み自分の意思で祟っていると思われるよりマシだと思った。

そうして十二になった今、凛は自分が受ける仕打ちは全て仕方がないことだと思うようになっていた。全ての不幸は凛の仕業だから、凛に酷い仕打ちをしてもかまわない。みんながそう思うならそれを受け入れるしかなかった。幼い凛には村を出て一人で生きていくことなどできないことだったから。

わたしがちゃんと助けられないから悪いんだ。そうやって凛は、みんなが言うように全ての不幸は自分のせいだと思うことにし、全ての不幸は自分が至らないからだと思い、だから罰を受けるのは仕方がないことなのだと受け入れ、身に受ける全てを受け止めず受け流す術を身に付けた。それほどにまで凛にとって、暴言を浴びせられるのも石を投げつけられるのも当たり前の日常になっていた。

それでも人には見えないモノ達に守られている凛は傷つかない。傷の一つでもつけばまだ、少しはみんななの気も晴れるかもしれないのに。そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。神隠しにあう前のようにみんなの輪に入りその中で過ごすことを、諦めたつもりでも諦めきれなくて、苦しくて、辛くて、凛は生きていることさえ辛くなる時があった。そんな時、人には見えないモノ達はとても喜んで凛に死ねと言った。実際はそんな直接的な言葉を向けられたことはないが、それらはいつも早く人の器を捨てて自分達のところへおいでと手招いてきた。それが自分に早く死ねと言っているのだとわかるから、とても恐ろしく感じて、凛は、いくらコレらが自分の味方のように振る舞っていても、コレらの言葉に耳を傾けその言葉を聞き入れてはいけないと思うのだった。それに凛にはまだ希望があった。生きていけるだけの希望が、心の拠り所が。だから大丈夫だと思う。わたしは大丈夫だと思う。

「こら!お前ら。また、凛のこと虐めてんじゃねーぞ。」

そんな声がして、凛と同じ年頃の少年が駆けてくる。

「やっべ。淳太じゅんただ。逃げろ。」

その言葉を皮切りに凛に石を投げていた子供達が逃げていく。

「この、裏切り者!化け物の味方して。お前なんて化け物と一緒に心中しちまえ。」

そんなことを言いなから子供が去り際に投げた石が見事に淳太に命中し、それに腹を立てた様子の彼が、顔を真っ赤にして子供達を追いかけ回して取っ組み合いの喧嘩を始める。そして数の差の不利を物ともせず子供達をボコボコにした淳太は、泣きながら逃げていく彼等の後ろ姿に、また凛のこと虐めたらもっと酷い目に合わすからなと鼻息荒く叫んで、その姿が見えなくなるまで仁王立ちで見送っていた。

「大丈夫か?凛。どこも怪我してねーか?」

どう見ても自分の方が傷だらけの姿で人の心配をしてくる淳太を見て、凛は彼に笑いかけた。そうすると笑ってんじゃねーよと怒られて、でもそれが存外優しくて、凛はありがとうと呟いた。

「別に。こんなん、たいしたことじゃねー。それより凛。お前、本当に大丈夫か?またあんなことされて、どこも怪我してねーか?」

「わたしは大丈夫だよ。わたしより淳太の方が怪我だらけ。頭の傷見せて。結構血が出てる。」

「別に。こんなんたいしたことねーよ。それに、俺は男だから、怪我の一つや二つしたところでかまわないし、傷が残るような事になっても大丈夫だ。でも、凛は女の子だろ。それこそ跡残るような怪我したら大変だから。凛が無事ならそれで良い。」

そうそっぽを向いて言う淳太に近寄って、凛はそっと彼の傷に手を添えた。そうするとポゥッと暖かな優しい光が発生し、それに包まれてみるみる傷が消えていく。

淳太は変わらない。神隠しにあう前もあった後も。凛が化け物と呼ばれ蔑まれるようになってからも。変わらず優しくて、こうやっていつでも助けてくれて。だから、自分のせいでこうして彼が怪我をする事が凛にはとても辛かった。わたしは大丈夫だから、放っておいてくれればいいと思う。その気持ちだけでとても嬉しいから、関わらないでいてくれたらと思う。そうすれば淳太はムダに怪我をしなくて済むし、その方がわたしも嬉しい。淳太は変わらずわたしを凛として見てくれて、わたしを普通に想ってくれている。それだけでわたしには充分だから。だから・・・。そう思うと胸が締め付けられて、凛は泣きたくなった。でも、笑う。泣いてしまえばまた心配をかけるから。淳太は普通に心配してくれるから。だから笑う。わたしは大丈夫だよ。そう伝えたくて。

「はい。これで大丈夫。こうやってわたし、傷がついても治せるから。守ってくれなくても大丈夫だから。だから淳太も無茶しないで。淳太が怪我するの、わたし見たくない。」

「うっせーな。勝手にさせろ。俺だってお前が傷つくの見たくねーんだよ。怪我しなくても、傷を治せても、お前が酷いことされてるのが嫌なんだよ。つまり俺がムカつくからあいつらボコってるの。別にお前のためなんかじゃねーからな。男の喧嘩に女が口挟むな。」

そんなぶっきらぼうな彼の優しさに、凛は涙が溢れそうになった。ダメだ泣いちゃ。泣いたら本当は辛いってばれちゃうから。ダメだ。ダメだ。そう思うのに・・・

「ムリして笑うなよ。泣けばいいだろ普通に。凛は泣き虫なんだから。泣きたいの我慢して笑うと変な顔だぞ。」

そう淳太に心を見透かされて、凛の目から涙が溢れた。

「別にお前が泣いたからって、俺は祟られるとか思ってねーし。俺の前くらい我慢すんなよ。」

そう言われて、更に涙が溢れ止まらなくなる。

「前は泣くなって言ったくせに。」

これ以上止められなくなるのが怖くて、凛は淳太に文句を言ってみた。

「それはそれ。これはこれだ。」

「なにそれ。」

本当はわかってる。それはそれ、これはこれの意味を。あの時淳太が泣くなって言ってくれた言葉の意味と、今泣けと言う意味は同じだって。淳太は優しい良い人だから。だからお願い、これ以上わたしに優しくしないで欲しい。わたしに優しくして淳太が傷つくのを見たくない。そう思うから凛は、淳太の優しさを拒絶した。拒絶しきれないとわかってはいても、拒絶するふりをした。

「いいだろ、何だって。ほら、出すだけ出しちまえよ、胸貸してやるから。」

「いらない。」

「はぁ?人がせっかく親切にしてやってんのに可愛くないな。」

「かわくなくていい。かわいくなんてなくていいもん。」

「お前な・・・。」

そんな呟きと共に身体を引き寄せられて、凛は強制的に淳太の胸に顔を埋めさせられた。抱きしめられ、背中をさすられる。

「いいから黙って借りてろよ。わかってんのか?お前にだけだぞこんなことすんの。可愛くないとか嘘だよ。凛は可愛い。めちゃくちゃ可愛い。可愛いから。良い子たがら。だから、大人しく俺の腕ん中におさまってろ。」

そう言われて、その心地よさに凛は溺れそうになった。引き離せない。離れられない。本当はずっとこうしていて欲しい。

「淳太のバカ。大嫌い。大嫌いだ。淳太なんて、本当に大嫌いだ。」

心とは裏腹の事を口に出して、凛は淳太にしがみついて泣いた。今まで溜めてきたものを全部吐き出す様に、彼の温もりに包まれたままひたすらに泣き続けた。 素直に甘える事が出来ない。それでも、凛にとって淳太が唯一の心の拠り所だった。淳太がこうして傍にいてくれるから、生きていけると思った。そして淳太は、ただ黙って、そんな凛をずっと受け止めていた。


「泣くな、凛。俺が付いてるから。俺だけは絶対、お前の味方だから。お前のこと虐める奴は俺が懲らしめてやる。お前のことはずっと、ずっと、絶対俺が守るから。だから、泣くな。泣くなよ、凛。」

凛の中に遠い記憶が蘇る。今よりもう少し幼かった頃の淳太が凛にした約束。その約束を本当にずっと淳太は守り続けてくれた。それにどれだけ救われてきたただろう。それにどれだけ支えられてきただろう。本当は、このままこうして彼の優しさに溺れていたい。でも人に疎まれている自分がいつまでもこうしていたらいけないと思う。いつまでもこうし続けてしまえば、いつかとりかえしのつかないことになると思うから。今でも彼を自分の不幸の道連れにしていると思う。でも、このままを続けていたらきっと、今よりもっと大きな不幸の道連れにしてしまう、そんな気がして。でも、そうは思っても、幼い凛にはこの心地よい温もりを意に反して断絶し手放すことはできなかった。唯一の拠り所を、自分の生きる希望を、手放すことなどできなかった。だから、その心地よさに癒される一方で、心の奥底に不安を溜め込んでいっていた。不安を溜め込んで見て見ぬふりをし続けていた。

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