発車しまーす
美少女に引っ張られてホームに上がると、古い電車が止まっていた。
どうやらこれが急行「蠍の灯」号らしい。
どんなネーミングなんだか?
周りを見回すと、SLが止まっていた。
さっき聴こえた汽笛はたぶんSLのものだ。
SLの後ろには茶色の客車が繋がっていて、伝説の宇宙列車のアニメを思い出す。
SLだけで無く、電気機関車もいた。けど現代のものでは無く、運転室の前にステップ付きのデッキがあるやつで、色は茶色で凄く古めかしい。
目の前に止まっている電車も色は茶色だった。見た目は地味だけどピカピカに磨かれている。
電車の正面は三枚の窓になっていて、上にヘッドライトが付いていた。
全部で三両編成で、一両の長さは今の日本の電車よりも短いように見える。
幼稚園の頃に、父親に私鉄の車庫一般公開と言うのに連れて行ってもらったが、その時に見た創業期の電車に似ている。
運転席の後ろには引戸があって窓ガラスに格子が入っていた。窓ガラスの下には荷物室と書かれている。
余談だが、昔の鉄道は飛行機みたいに荷物を預ける事が出来た。この荷物室は小荷物や郵便の他、預けた手荷物を保管する場所でもある。
荷物室の前に台車が止めてあって、積んである荷物をオークの厳ついおじさんが電車へ載せていた。初めて見る光景につい見入ってしまった。
「どうしたの?乗りましょう。」
美少女に言われて中に入る事にした。
荷物室の後ろにドアがあってここから電車に乗る。
中は床も壁も木張りだった。少し薄汚れていたけどこれはこれで味がある。
ドア付近のデッキと客室は仕切られていて、客室へ入るには引戸を開ける必要があった。
ガラガラと言う音を立てて引戸を引いた。
客室は向かい合わせの木で出来た椅子で、背もたれと座面に緑色のクッションが貼ってあった。
照明は白熱電球、網棚は文字通り網だった。それも金属では無く繊維で出来た網だった。
初めての経験、それも今の日本ではとっくの昔に現役を退いた古い電車に乗った事でワクワクして来た。
「ここにしましょう」
そう言って少女が座った。ちょっと遠慮しかけると
「一緒に座りましょうよ。」
そう言って、無理矢理引っ張られて座らされた。
またドキドキして来た。それに座った彼女の脚・・・絶対領域が強調されて、どうしてもチラ見をしてしまう。
顔が熱くなって来た。
突然美少女が聞いてきた。
「電車が好きなの?」
熱が冷めた感じになった。
「う、うん・・・」
暗い顔で返事をしてしまった。この質問はして欲しく無かった。
自分は鉄道オタクだけど、一部の撮り鉄、写真を撮る鉄道オタク、のように駅員に怒号を浴びせたり、線路内に入って列車を止めてしまったり、私有地に入って迷惑をかけるような事はしない。
鉄道の旅が好きな乗り鉄で、加えて技術的なところを知ったり研究(と言う名の妄想)をするのが好きな鉄道オタクなのだ。けど鉄道オタクでない人にはそれは分からない。
ニュースで撮り鉄が取り上げられて迷惑行為が報じられると、自分も同じ類の人物と周りから見られるようになった。
それがいじめのきっかけになってしまった。
「・・・ごめんなさい。何か気に触る事を言っちゃった?」
「いや。こっちこそごめん。そうではないんだよ。うん。鉄道は好きだよ。こう言う古い電車は初めてでワクワクしてるんだ。」
少し笑ってみせた。けどわざとらしく見えたかも知れない。ワクワクしているのは事実なんだけど。
雰囲気が暗くなってしまった。話題を変えよう。
そう言えば・・・
「君の名前はなんて言うの?」
「あなたの名前はなんて言うの?」
同時に聞いた。
思わず顔を見合わせお互いに笑った。
「まもなく発車しまーす。」
いつのまにか犬人の車掌さんが通路にいて案内をしていた。
笛が鳴りドアが閉まる。
「チンチン」と金の鳴る音がした。
「プシュー」とブレーキを緩める音がなった。
「ウォ〜〜〜――――――――――ッン、カチッ。」
古い電車の独特のモーター音がして、電車はホームを離れた。
「あたしの名前はミナ。あなたは?」
「僕はタケルって言うんだ。よ、よろしく。」
「うん!!よろしくね!タケルさん!」
ミナがニッコリと微笑んだ。
電車はスピードを上げた。