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辻に立つ女  作者: 真朱
3/3

後編

果たして女は辻に立っていた。曇天の下にくっきりと両の目を開いて真弓を凝視しているように見える。慌てて視線を足許に落として、真弓は抱えた風呂敷包みを抱く手に力を込めた。

幽霊に足がないというのは嘘である。

白い草履をはいた女の足先は、これもまた真っ白な足袋に包まれていた。

唇を噛んでうつむいたまま、女の傍らを通り抜ける。

抱えた包みが重みを増した気がした。

…無論そんなはずはない。

不意に生温かい風が吹いた。湿った風が左の耳を掠める。

…いや、本当に風だろうか。

振り向くな、と真弓はかたく自分に言い聞かせる。

右の肩が締め上げられるように痛んだ。まるで何かに掴まれているようだ。

ただ歩いているだけなのに、じりじりと心拍数が上がっていく。

嘘つき!口には出さずに、真弓は画家を罵った。ちゃんと約束を守っているのに、もう怖い事が起こっている気がしてならない。

…振り返ればもっと酷いことになるのはわかっていたので、真っ直ぐ前に視線を固定してただひたすらに真弓は足を動かす。

時間にすればほんの数分。

だがこれほどまでに緊張を強いられる数分を味わった事はない。

商店街に入ると、いくらかほっとした。

目指す極東庵はもうすぐそこである。

あと少し…気を緩めた真弓の腕の中で、包みが震えた。かたん、ことん、と中身が箱にぶつかって規則正しい音をたてる。

どくどくと激しく脈打つ真弓の心臓のすぐ側で、さながら心音のように画の中の女が胎動しているのだった。

ようやっと見えた極東庵は、珍しくもその扉を開いていた。

上半分が硝子張りになった引き戸を四枚立てた上に、紺地に白く屋号を染め抜いた暖簾がかかっている。

その戸に人ひとりが通れる程の隙間を開けて男が立っていた。

「竹二郎さん…!」

名を呼ぶ声は、自分でも滑稽に思う程に上擦っていた。

呼ばれた男はうっすらと微笑する。

その視線は、真弓を見てはいなかった。真弓の肩越しに竹二郎は誰を見たのか。

「ご苦労だったな」

真弓の手から包みを受け取った男は、たいして有り難がっている風でもなく、片手で頭をぽんと叩いた。

痛んでいた肩は、嘘のように軽くなる。

竹二郎は目線だけで真弓に戸を閉めるよう促した。

「…もう振り返っても大丈夫だ」

「うん」

重い息を吐いて、真弓はぴたりと戸を閉めた。

屋号を極東庵というその店は、古道具と古美術をあつかっている。

書画の類いは店頭には置かないので、店の中を一見しただけではがらくたが山と積まれているだけである。

もっとも、がらくたに見えるのは真弓にその価値がわからぬからに過ぎぬらしい。

店を開けたままなのもお構いなしに竹二郎は奥へと引っ込んでしまった。

「…何してる。お前も来い」

気怠げな、それでいて有無を言わせぬ強制力を発揮する不思議な声音で、竹二郎が呼ぶ。

店と家内とを隔てている框に膝を立て、真弓は靴を脱ぎ捨てた。

主が普段書斎として使っている部屋に入ると、ちょうど竹二郎が風呂敷包みを開いた所である。

桐箱の開いた瞬間、血のにおいがした気がした。

よどみのない動作で、竹二郎は掛軸をするりと伸ばす。

そこには純白の婚礼装束を纏って微笑する女の姿があった。


…以来、辻に女が立つことはない。

ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。ご意見、ご感想など頂けましたら有り難く存じます。

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