85.ソルトの予定と料理の指導
翌日。
出掛ける前に見てみれば、ウズラの卵が計3コに増えていた。
海の三人の戻りは昼過ぎになるそうなので、とりあえずそのままに、午前中は研究所に行く。
ソウの部屋には、ソルトがいてニコニコくつろいでいた。リクさんの姿はない。ソウは床に転がりつつ、積み木で遊んでいる。
「いらっしゃいサクくん! 見て、私もソウのお世話をするのよ!」
「うん。良かったね」
「サクくんが言ってくれたんでしょう? ありがとう! 恩に着るわ」
「どういたしまして」
見たこともないぐらいにソルトは上機嫌だ。
「リクさんは?」
「私がソウを見てるから、仕事してくるって」
「大丈夫なのかな」
「もう仕事はパンクしてるわ。私が手伝えれば良いのに」
ソルトの表情が翳る。急に大人っぽく見える。
僕も絨毯の上に座りながらなぐさめる。
「ソルトはまだ9歳だから、そんなに急がなくて良いと思うけど」
「分かってるわ。でも、リクさんのサポートをしたいの」
「・・・生涯リクさんの傍にいるつもりで言ってるよね?」
「えぇ」
キッパリと答えて、ソルトは僕を真っ直ぐに見る。
僕も頷いた。
「・・・これ、リクさんには秘密の話になると思うんだけど」
と僕は前置きする。
「待って。『ここからの会話、超プライベートだから記録しないで』。いいわ、続けて」
とソルトが部屋のAIに指示を出す。
偉い。ちゃんと切り分けているようだ。
「ソルトのスケジュール、いくらなんでもギュウギュウだよね。それで、個人的に確認だけど、ソルトはずっと研究所でリクさんのサポートを希望してる。離れて他に仕事なんて考えてないよね」
「えぇ。私はリクさん支えて、リクさんと結婚するのが夢で目標で目的なの」
「頑張って」
「えぇ。協力してね。サクくん」
「うん。僕にできる範囲で」
「私、絶対リクさんを幸せにするから」
「頼もしいよ」
ソルトがものすごく真剣に僕に宣言して来る。未だに9歳なのがなんだか惜しいと思う。
僕と同じ年頃だったら、ソルトは本気でリクさんにアプローチできるだろうし、リクさんも本気さが分かってくれるはず。
「それで、打ち明けるんだけど。ソルトが忙しいのって、将来、中央に就職できるようにもするためだって。そのためのプログラムが来てるから、スケジュールがびっしりみたいだ」
「サクくんより勉強が多いし多岐だとは分かっていたわ。でも、多く学んだ方がリクさんの役に立てると思っているの」
そっか。
「じゃあ、僕が口を出す事でもないんだろうけど、今ソウとリクさんのサポートに入りたいなら、『中央には行かない』って宣言した方が良いんじゃないかな、って伝えたいと思ってたんだ」
「えぇ。行くつもりはないわ。でも将来のために役に立つから、受けておくの」
「頑張るね」
「えぇ」
「でも、今日はお休みに?」
「サクくんがリクさんに言ってくれたんでしょ。『独り立ちの時期が遅くなってもサポートに入りたいか』を聞かれて、『サポートしたい』って答えたの。私はずっと研究所にいるから、遅れようが支障はないわ」
「そっか」
「実際、リクさんも大変よ。私はスケジュールを調整しながら過ごす事になったの。ふふ」
ソルトが嬉しそうに笑う。
「良かったね」
「ありがとう」
2人で、積み木を積み上げ始めたソウの様子を見る。
積み上げた、と思ったら倒れてしまう。
「赤ちゃんみたいだね」
と僕。
「赤ちゃんだもの」
とソルト。
「大勢の意識が残ってるんだよね?」
と僕。
ソルトは僕を見た。眉をしかめて、僕に告げた。
「えぇ。まだバラバラのはず。このままじゃ長く生きられないかもしれない」
告げられた内容に僕は息が止まりそうになる。
「なんとか手を貸さないと駄目だわ。だけど具体的に分からないの。ソウとしてたくさん新しい経験をすると良いかも、って思うぐらい」
「たくさん遊んであげれば良い?」
「えぇ。あと、研究所にはない新鮮な経験こそが、ソウに必要かもしれない。私だって分からないわ。だけど、使い古された繰り返しの経験になってはいけないと思うの」
ソルトにしては曖昧な回答に思う。手探りだ。
僕も考えないと。
「海に行く。研究所以外で仕事する。旅に行く」
と言ってみた。
「私は研究所を出たことがないから、想像が上手くできないわ。サクくん、毎日来てくれるんでしょう。考えて」
「うん。外に連れ出すのも良いのかな」
「そこはリクさんと相談ね。あっ、リクさんと皆でピクニック行きたい!」
「良いね。楽しそう」
その後、記録を通常に戻して、僕とソルトで、ソウとじゃれて遊んですごした。
研究所から帰る時にふと、自分がなんだか元気に戻っているような気分がした。
きっと、正しい感覚だと、思えた。
***
昼を過ぎてから、ガーホイたちが再び我が家にやってきた。海から戻って来たのだ。
大漁に魚を積むために、車が大きいものに変わっている。
そして、3人ともすっかり日焼けしていた。
「サク坊。料理をいくつか教えてやる」
と再会直後、お店の人。
「おぃ、タマゴも回収しねぇと」
とヴェド。
ガーホイは、
「今日、夕食頃によ、研究所行って良いか聞いてくれねぇか」
と頼んできた。
急に賑やかだ。
ちなみに、僕はもうスーツも着込んでいないし、セキュリティレベルも普通のまま。
大人の姿にもなっていない。
玄関を開けて、ユリも皆が家に入るのを待っている。
***
応接室ではなくて、台所。
お店の人が僕に料理を教えてくれた。
ちなみにフライパンという料理器具もなかったので、これを機に購入した。普通は、注文したら完成状態の料理がテーブルの上に現れるから、食材から料理する必要がない。
お店の人は自前の器具を持ってきている。
横に並んで、お店の人のやり方を真似て作る。
「目玉焼きとゆで卵。簡単だろ」
「はい」
確かに僕でも大丈夫そうだ。
ちなみにユリも一緒にいるけど、普通でない食材が少し怖そうだ。
この様子なら、多分僕が料理担当だ。
「で。ヒナ、本当に育てたいか?」
とお店の人。
僕の返事より早く、ユリがグッと前に出るようにコクリと頷く。
「そうか。なら、他にもいろいろ手配があるからよ、すこし待て。オスが必要だが、俺も詳しくないしな。また手配出来たら連絡する。サク坊、俺とも連絡先交換できるか?」
「あ、はい! ありがとうございます」
「あと、言っとくがウズラは2・3年が寿命らしいぞ」
途端、ユリが驚いて震えた。ショックを受けた様子。
「食用に持ってきたんだぜ」
お店の人が呆れたような困ったような表情になった。
「さて。で、次は、赤ん坊の離乳食だな。作った事ねぇから、完成形とか教えてくれ」
「は、はい」
ユリが答える。
そして僕とユリは、クーラーボックスから取り出された氷詰めの大きな朱色の魚に驚いた。
切り身でも料理でもない状態で、初めて見たのだ。




